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* ロガス [#fd87c405]
** 概要 [#pf825d5d]

|~カテゴリー|[[種族]]|
|~スペル|Logath|
|~別名|北ウガス(Nothern Ulgath),ムルガス(Murgath),ガルガス(Gargath)|


** 解説 [#k9147bfc]

[[ICE>Iron Crown Enterprises]]の設定に登場する[[東夷]]の一派。東夷の使用する[[ロガシグ語]]は彼らに由来する。

[[カルネン]]の東側、[[くろがね連山]]の南東の平野に住んでおり、この地域一帯はロガサヴルド(Logathavuld)と呼ばれる。東夷の中では最も数が多く、500人以上の集団からなる部族が100近く存在する。その中で最も強い影響力を持っているイバール家(Ibar Clan)が事実上の支配者となっている。イバール家が本拠地を置く都市[[サドヴァール]](Sadvar)を首都に定めている。

東夷の中では比較的西方の国々に友好的な人々で、同族の[[サガス]]が絶えず闘争に身を置いているのに対し、平時のロガスは[[ドルイニオン]]や[[北方の自由の民]]と交易を行って暮らしている。だが、いざ戦いとなれば、他の東夷と同様に冷酷で野蛮な戦士にもなった。交易では革や角、肉、乳製品などを取引する。

牛や羊を飼い、季節ごとに宿営地を移動しながら生活している。移動経路と宿営地は部族ごとに決められており、家畜の頭数や放牧地の広さが富の豊かさを測る基準とされている。放牧は男性の仕事とされ、毎年冬になると各々の集落に戻り妻子と再会する。女系社会で、伝統や文化は主に女性によって受け継がれる。遊牧生活は[[リューン]]の東夷の一般的な生活形態だが、これを最初に始め、他の氏族へと伝搬させたのは彼らであるとされる。

***歴史 [#jc138162]

[[第二紀]]730年、東方の大河タラスラントの(Talathrant)の岸辺の谷間に住んでいた北ウガス(Northern Ulgath)がイオリアグ(Ioriag)との抗争に敗れ、東方からリューンの湖周辺に移住してきた。だがその地には既に、[[ベレリアンド]]の東夷の生き残りである[[バラドリム]](Baradhrim)が住んでおり、彼らはその支配下に置かれた。奴隷となった彼らは自らを拘束された人々(Bound People)を意味するムルガス(Murgath)と呼ぶようになった。
バラドリムの支配は苛烈で、時には[[モルゴス]]に捧げる生贄さえも要求した。そのため一部のムルガスは西に逃れた。彼らは[[ケルドゥイン]]の上流に住み、川の民(River People)を意味するガルガス(Gargath)を名乗った。後にその一部は土着の民[[ドナス]]と同化して[[ドルウィンリム]]となった。
更に別の民はリューンの湖の北東に広がる[[アグシャ・ダグ>リューンの森]](Agsha dag)の森の木陰に隠れ、クガス﹙Kugath﹚という民になった。

3430年、[[最後の同盟]]との戦争を開始した[[サウロン]]はバラドリムの国スズレルドール(Szreldor)に招集をかけ、属国のムルガスからも多くの兵士が[[モルドール]]に参じた。
3434年の[[ダゴルラド]]の戦いでサウロン軍が劣勢に立たされると、司令官カリシュ・イバール(Kharish Ibar)に率いられたムルガス軍の大部分が混乱に乗じてスズレルドールの主人を見限り、戦場から逃亡した。

祖国へ引き上げたムルガスの人々は主人から与えられた名前を捨て、新しく拒んだ者たち(Refusers)を意味するロガスを名乗った。
同じ頃、同じくスズレルドールの属国だった[[ドルイニオン]]ではドルウィンリムによる反乱が起こっていた。スズレルドールの太守は彼らに鎮圧を命じたが、ムルガスの軍団はドルイニオンに呼応して反旗を翻した。その後、味方を失ったスズレルドールの王国はドルイニオンによって滅ぼされた。

3435年、サウロンに忠実で戦場に残って戦っていたムルガスの生き残りがロガスの領地に近い[[イラニン]](Ilanin)の要塞を占拠した。だがロガスは多くの犠牲により得た土地を渡す気は無く、今や[[サガス]]という別の氏族になったかつての同族と数百年にわたって争った。

[[第三紀]]初頭のロガスはカルネンの対岸に住む[[北国人]]やドルウィンリムと交易を行い、深く対立することはなかった。
第三紀1228年、サガスのホス家(Hos Clan)の当主グラチェフ(Grachev)がイバール家と婚姻同盟を結び、その後援を受けてイラニンを再度占領した。しかしドルイニオンの頭領が富の分配と引き換えにロガスを同盟から離脱させ、ホス家は1234年に要塞から退いた。

1250年頃から、平原の神ケルカッスク(Kerkassk)の化身を名乗る人物が東夷の人々の前に現れるようになった。その正体はサウロンの召使の一人であるネモル(Nemol)という魔術師だった。彼はケルカッスクを強欲な西方人から平原の人々を庇護する守護神と騙り、布教を続けた。多くの者がその教えに耳を傾け、[[アングマール]]で行われている聖戦に参加するべく、平原の戦士(Plains Warriors)カルグ・フカ(Kharg Huka)の傭兵団に参加し、西方に向かった。
ロガスにもケルカッスクの教義が広まったが、ドルウィンリムとも密接に繋がっている彼らは他の氏族よりも消極的で、しばしば巡礼を禁じた。イバール家とサウロンの密使は、民への支配権を巡って長年争った。

1750年頃、東夷の全氏族が[[イガス]](Igath)によって[[馬車族]]として統一された時、サウロンの僕オライシャペク(Oraishapek)の教団の讒言に乗せられたロガスもまた連合に参加した。1944年、馬車族は野営地の合戦で[[ゴンドール]]によって壊滅したが、ロヴァニオンの北東部は北国人の離散によって無人となり、その後長い間、ロガスの領土として支配された。

***出典 [#o3a4eb0a]

-『The Riders of Rohan』
-『Nothern Mirkwood』
-『The Inland Sea』

** コメント [#tb36ea13]

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