-植物のケレボルンについては、[[ケレボルン(植物)]]を参照してください。

* ケレボルン [#n3b9a73a]
** 概要 [#Summary]

|~カテゴリー|[[人名]]|
|~スペル|Celeborn|
|~異訳|セレボルン|
|~その他の呼び名|テレポルノ(Teleporno) &br; ガラズリムの殿(Lord of the Galadhrim) &br; ロスローリエンの殿(Lord of Lothlórien) &br; 賢者(the Wise)|
|~その他の呼び名|ロスローリエンの殿(Lord of Lothlórien) &br; ガラズリムの殿(Lord of the Galadhrim) &br; 賢者(the Wise) &br; テレポルノ(Teleporno)|
|~種族|[[エルフ]]([[シンダール]])|
|~性別|男|
|~生没年|不明|
|~親|[[ガラゾン]](父)|
|~兄弟|[[ガラシル]](弟)|
|~配偶者|[[ガラドリエル]]|
|~子|[[ケレブリアン]](娘)|

** 解説 [#Explanation]

名は[[シンダール語]]で「銀の木」の意(同じ名をつけられた[[ケレボルンの木>ケレボルン(植物)]]もある)。[[クウェンヤ]]での名はテレポルノ。
[[シンゴル]]の血族の[[シンダール・エルフ>シンダール]](『[[終わらざりし物語]]』によると、[[シンゴル]]の弟[[エルモ]]の息子[[ガラゾン]]の息子。弟に[[ガラシル]]がいる。ただしこれらの出自には異説もある。[[後述>#xce87275]])。長い銀髪を持つ。
[[ガラドリエル]]の夫で、一人娘の[[ケレブリアン]]がいる。ケレブリアンは[[エルロンド]]の妻であるから、ケレボルンはエルロンドにとって義理の父にあたり、[[アルウェン]]にとっては祖父にあたる。

>樹身の下に置かれた二つの椅子には生きた枝を天蓋にして、ケレボルンとガラドリエルが並んで坐っていました。二人は客人たちを迎えるために立ち上がりました。たとえ強大な力を持つ王侯といえども、これがエルフの作法でした。二人ともそれは背が高く、奥方も背の高さでは殿にひけをとりませんでした。また二人ともそれは美しく、それはおごそかでした。二人とも全身白ずくめの衣装をまとっていましたが、髪は奥方のは深い金色、ケレボルンの殿のは長い輝く銀髪でした。しかし二人のうちどちらにも老齢のしるしは見られません。ただそれは二人の目の深さにのみうかがわれました。その目は星の光にきらめく槍のように鋭く、しかも深い記憶を蔵した井戸のように深々とみえました。((『[[指輪戦争]] [[旅の仲間]] 下』「七 ガラドリエルの鏡」))

*** [[第一紀]]~[[第三紀]]までのケレボルン [#fe045734]

ケレボルンは[[第一紀]]の[[ドリアス]]で[[ガラドリエル]]と出会い、結婚した。ケレボルンは彼女を「光の姫」の意であるアラタリアル(Alatáriel)と呼び、それ以来彼女はアラタリアルの[[シンダール語]]形であるガラドリエル(Galadriel)を名乗るようになったという。
ケレボルンは[[第一紀]]の[[ドリアス]]で[[ガラドリエル]]と出会い、結婚した。ケレボルンは彼女を「光の姫」の意であるアラタリアルと呼び、それ以来彼女はアラタリアルの[[シンダール語]]形であるガラドリエルを名乗るようになったという。

ケレボルンは[[第二紀]]以降もガラドリエルとともに[[中つ国]]に留まったが、その足取りには不明な点が多い。
『[[追補編]]』によると、はじめケレボルンは[[リンドン]]の南に住まっていた。『[[終わらざりし物語]]』によると、その後[[エレギオン]]へと移り住む。エレギオンが[[サウロン]]に攻撃されたとき、ケレボルンは軍勢を率いて抵抗し、その後[[エルロンド]]の軍勢と合流したが、サウロンの大兵力のためにエレギオンを救出することはできなかった。
その後の足取りはさらに不明瞭である。一方ではエレギオンの残党を指揮して[[裂け谷]]に避難し、サウロンが[[エリアドール]]から駆逐されると、[[ロスローリエン]]からやってきた[[ガラドリエル]]と合流したとされている。だがまた一方では、エリアドールに留まったのはガラドリエルの方であり、エレギオン陥落後はケレボルンがその残党を率いてロスローリエンに赴き、サウロンの駆逐後にガラドリエルと再会した、ともされる。

いずれにせよ、その後ケレボルンとガラドリエルの二人は[[霧ふり山脈]]を越え、第三紀1981年に[[アムロス]]のいなくなったロスローリエンの国を共に治めるようになった(だが王のような称号は持たなかった)。
ケレボルンはドリアス滅亡のことを記憶しており、その引き金となった[[ドワーフ]]のことをずっと警戒していた。またローリエンのエルフにとって、ドワーフはモリアの[[バルログ]]を呼び覚ました元凶でもあった。最初ケレボルンが、ロスローリエンを訪れた[[ギムリ]]に対して冷淡な態度を取ったのもそのためである。

*** 『[[指輪物語]]』におけるケレボルン [#pf387e46]

ケレボルンは、モリアを抜けてきた[[指輪の仲間]]の一行を歓迎し、その出立には贈り物と助言を与えた。
[[指輪戦争]]がはじまると、[[ロスローリエン]]の軍勢を指揮して[[ドル・グルドゥア]]からの攻撃に抵抗。[[一つの指輪]]が破壊されると、ケレボルンの軍勢は[[アンドゥイン]]を渡り、ドル・グルドゥアを攻撃、陥落させる。その後ケレボルンは[[闇の森]]で[[スランドゥイル]]と会見し、闇の森を緑の森と改名して分割、旧闇の森南部を「東ローリエン」として己が領土とした。
その後、ガラドリエルと共にエルロンドたちと合流して[[ミナス・ティリス>ミナス・ティリス(ゴンドール)]]に赴き、エレスサール王とアルウェンの結婚式に参列。その後[[ゴンドール]]から[[ローハン]]への[[セオデン]]の葬列にも同行し、一時[[エドラス]]にとどまった。その後[[アイゼンガルド]]で[[木の鬚]]に会ってから、他の者に別れを告げ、ガラドリエルと共にロスローリエンへと戻った。

[[指輪戦争]]では[[ロスローリエン]]の軍勢を指揮して[[ドル・グルドゥア]]からの攻撃に抵抗。[[一つの指輪]]が破壊されると、ケレボルンの軍勢は[[アンドゥイン]]を渡り、ドル・グルドゥアを陥落させる。そしてエルフの新年の元日、[[闇の森]]の中央で[[スランドゥイル]]と会見し、闇の森を緑葉の森と改名して分割、旧闇の森南部を「東ローリエン」として己が領土とした。

その後、ガラドリエルと共にエルロンドたちと合流して[[ミナス・ティリス>ミナス・ティリス(ゴンドール)]]に赴き、エレスサール王とアルウェンの結婚式に参列。[[ゴンドール]]から[[ローハン]]への[[セオデン]]の葬列にも同行し、一時[[エドラス]]にとどまった。そして[[アイゼンガルド]]で[[木の鬚]]に会ってから、他の者に別れを告げ、ガラドリエルと共にロスローリエンへと戻った。

[[第三紀]]の終わりとともに、[[ガラドリエル]]は他の[[指輪所持者]]と共に西方に去るが、ケレボルンは[[中つ国]]に残った。しかしやがて[[ロスローリエン]]の己が領土に倦んだケレボルンは[[裂け谷]]へと去って、[[エルロンドの息子]]と共に暮らしたという。

『[[指輪物語]]』序文によると、ガラドリエルやエルロンドが中つ国を去ったあと、ケレボルンは[[中つ国]]の[[上古]]を記憶している最後の人物になったという(この文章では[[キーアダン]]については触れられていない)。ケレボルンがいつ[[灰色港]]から中つ国を去ったかは記録にない。
『[[指輪物語]]』序文によると、ガラドリエルやエルロンドが中つ国を去ったあと、ケレボルンは[[中つ国]]の[[上古]]を記憶している最後の人物になったという(この文章では[[キーアダン]]については触れられていない)。ケレボルンが[[灰色港]]から中つ国を去ったのがいつのことであったのかは記録にない。

*** ケレボルンの来歴についての異説 [#xce87275]

[[トールキン>ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン]]の生前に刊行された『[[指輪物語]] [[追補編]]』および、刊行版の『[[シルマリルの物語]]』では、ケレボルンは[[シンダール・エルフ>シンダール]]であり、ガラドリエルとは[[ベレリアンド]]で出会ったことになっている。
[[トールキン>ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン]]が生前に発表した『[[指輪物語]] [[追補編]]』および、彼の死後刊行された『[[シルマリルの物語]]』では、ケレボルンは[[シンダール・エルフ>シンダール]]であり、ガラドリエルとは[[ベレリアンド]]で出会ったことになっている。
だが『[[終わらざりし物語]]』や『[[The History of Middle-Earth]]』には、彼の来歴にまつわる様々な異説が収められている。

もっとも初期の構想では、彼は[[ナンドール・エルフ>ナンドール]]であり、[[アマン]]からやってきた[[ガラドリエル]]と[[第一紀]]に[[ロスローリエン]]で出会ったことになっている。
一方、トールキン最晩年の構想では、ケレボルンは[[アマン]]の[[テレリ・エルフ>テレリ]]([[ファルマリ]])であり、[[アルクウァロンデ]]に住まっていたとある。そこでガラドリエルと出会った彼は、共に[[フェアノール]]の[[同族殺害]]に抵抗して戦い、アルクウァロンデの陥落を逃れると[[ノルドール]]より一足早く船で[[中つ国]]に到達した。そして、ベレリアンドの滅亡以前に二人は[[青の山脈]]を越え、東方の[[エルダール]]の教化に努めたのだとされている。
これらの物語はそれ以後あるいはそれ以前に形作られていた物語の内容とは大きな隔たりがあり、トールキンの構想の変化を示す好例の一つである。
もっとも初期の構想では、彼は[[ナンドール・エルフ>ナンドール]]であり、[[アマン]]からやってきた[[ガラドリエル]]と[[第一紀]]に[[ロスローリエン]]で出会ったことになっていた。
その後、上述の刊行版の来歴が構想されたが、さらにトールキン最晩年の構想では、ケレボルンは[[アマン]]の[[テレリ・エルフ>テレリ]]([[ファルマリ]])であり、[[アルクウァロンデ]]に住まっていたとある。そこでガラドリエルと出会った彼は、共に[[フェアノール]]の[[同族殺害]]に抵抗して戦い、アルクウァロンデの陥落を逃れると[[ノルドール]]より一足早く船で[[中つ国]]に到達した。そして、ベレリアンドの滅亡以前に二人は[[青の山脈]]を越え、東方の[[エルダール]]の教化に努めたのだとされている。
これらの互いに大きく隔たった物語は、トールキンの構想の変化を示す好例の一つである。

だが、『[[指輪物語]] [[旅の仲間]] 下』「七 ガラドリエルの鏡」本文ではガラドリエルは'''殿はこの世の黎明の日から西の方に住まい、わらわもまた数えることもできないほど長の年月を殿とともに生きてきました。ナルゴスロンドあるいはゴンドリンの没落以前にわらわは霧ふり山脈を越え、われらは時代の移り変わる中を長い敗北の戦いを戦ってきたのです。'''と述べており、この箇所は追補編および刊行版のシルマリルの物語とは矛盾している。このガラドリエルの言葉に合致するのは、上に述べた最初期の構想あるいは最晩年の構想の方である。
『[[指輪物語]] [[旅の仲間]] 下』「七 ガラドリエルの鏡」本文ではガラドリエルは'''殿はこの世の黎明の日から西の方に住まい、わらわもまた数えることもできないほど長の年月を殿とともに生きてきました。ナルゴスロンドあるいはゴンドリンの没落以前にわらわは霧ふり山脈を越え、われらは時代の移り変わる中を長い敗北の戦いを戦ってきたのです。'''と述べており、この箇所は追補編および刊行版のシルマリルの物語とは矛盾している。このガラドリエルの言葉に合致するのは、上に述べた最初期の構想あるいは最晩年の構想の方である。

またこれ以外にも[[第二紀]]のケレボルン(とガラドリエル)の足取りには異説が多く、草稿によっては[[エレギオン]]の創始者でその最初の領主であったとするものや、[[ロスローリエン]]の[[アムロス]]が二人の息子であるとするもの(これは後にはっきり棄却されている)等があり、ローリエンに入った時期も[[第一紀]]、[[第二紀]]、[[第三紀]]のいずれともされるなどはっきりしていない。

** 映画『[[ロード・オブ・ザ・リング]]』における設定 [#Lotrmovie]

|~俳優|[[マートン・ソーカス]]|
|~日本語吹き替え|[[家中宏]]|

『[[ロード・オブ・ザ・リング]] [[スペシャル・エクステンデッド・エディション>エクステンデッド・エディション]]』では、ロスローリエンのシーンで[[アラゴルン>アラゴルン二世]]に忠告とエルフの短剣を与えている。この短剣は、アラゴルンが[[ラーツ]]と戦っているときや((ラーツは、自分に刺されたこの短剣をアラゴルンに投げつけるが、アラゴルンは剣ではじいている。戦いが終わった後、回収したところをアラゴルンが鞘に収めているのが確認できる。))、[[黒門]]前で[[トロル]]と戦っているときに使っているのが確認できる。
『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』のラストシーンでは、ガラドリエルと共に船に乗って西方へと去った。

** コメント [#Comment]

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