馬車族(ばしゃぞく)

概要

カテゴリー種族
スペルWainriders
その他の呼び名

解説

第三紀1851年から約100年間にわたってゴンドールを攻撃した東夷の一派。一時はロヴァニオン東南部を占領して北国人を滅ぼし、ゴンドールを存亡の危機に陥れるほど勢力を拡大した。
第一波は1856年にナルマキル二世を討死せしめるが、1899年にその息子カリメフタールによって撃破された。第二波はハンドおよび近ハラドの民と同盟して再びゴンドールを攻撃し、1944年にオンドヘアを討死せしめるが、最後にはエアルニル二世によって撃滅された。

三度目の災いは馬車族の侵入である。これはほとんど百年も続いた戦争で、ゴンドールの衰えゆく力をしだいに弱らせたのである。馬車族というのは東方からやって来た一民族、あるいはいくつかの民族の連合体である。しかしかれらはそれ以前に出現したどの民族よりも強く、戦いの装備も整っていた。かれらは大きな荷馬車に乗って旅をし、首領たちは戦車に乗って戦った。後になってわかったことではあるが、彼らはサウロンの密使たちに焚き付けられてゴンドールを急襲したのである。*1

第一波

1851年、東方から現れた馬車族はロヴァニオンへ侵攻を開始する。悪疫の打撃からまだ立ち直っていなかった北国人はこれを迎え撃ったが打ち破られ、かれらの領土は馬車族に占領された。
1856年、ゴンドールナルマキル二世は大軍を率いて出撃し、北国人の残党と共に馬車族と戦ったが、馬車族の勢いは強く、アンドゥインの先、闇の森の南にある平原でゴンドール軍は敗退、ナルマキルは討死した。北国人マルハリの活躍によってゴンドール軍はかろうじて壊滅を免れた(広野の合戦?)。
馬車族は勝利を収めたが、受けた被害も大きかったため、進撃を中断する。かれらはロヴァニオンの東南部を手中に収めてほとんどの北国人を奴隷とした。

やがて、馬車族は浅地?からカレナルゾンを急襲することを目論む。だがこれを察知したナルマキルの息子カリメフタールは、マルハリの息子マルフウィニと協同して反撃を計画した。
1899年、進撃してくる馬車族を迎え撃ったカリメフタールは、ダゴルラドでマルフウィニ率いる騎馬軍団と共にこれを挟撃し敗走させることに成功。さらに奴隷となっていた北国人達がロヴァニオンで反乱を起こし、馬車族の野営地を破壊する。行き場を失った馬車族は東方へ逃げ帰った。

こうして馬車族の第一波は辛うじて撃退されたが、北国人は故国を失って散り散りとなり、ゴンドールは東方の領土を完全に失った。

第二波

馬車族は西方への憎しみと野心を抱いたまま東方で勢力を回復させ、南へ伸長してハンド近ハラドの民と衝突するまでになる。やがれこれらの民族は講和を結び、さらには同盟してゴンドールへの攻撃を計画するようになった(この展開にはサウロンの策謀があったと考えられている)。

1944年、東方と南方の蛮夷はゴンドールを挟撃した。マルフウィニの息子フォルスウィニから警告を受けていたオンドヘアはゴンドール軍を北軍と南軍に分け、自らは北軍を率いて馬車族を迎え撃った。ところが馬車族の戦車と騎兵からなる前衛部隊は予想以上に迅速かつ強力であり、ゴンドール北軍はモランノンの北のダゴルラドで陣を十分に整えられないまま蹂躙された。これによりオンドヘアと、彼の二人の息子アルタミアファラミアは討死した。
そのまま馬車族はイシリアンになだれ込んだが、勝利を確信して宴を張っていたところを、南方の敵を撃退して急遽北上してきた将軍エアルニル率いるゴンドール南軍および北軍の残党に急襲される。馬車族は撃滅され、逃げ延びた者達も死者の沼地に追い落とされて殲滅された(野営地の合戦?)。

その後

後にゴンドールを襲った東夷の一派であるバルホス族は、馬車族に近縁の氏族であると見られている。
また指輪戦争モルドールに服属した東夷の中には、戦車や荷車を駆る者達の姿も見られた。

Iron Crown Enterprisesによる設定

リューンの湖南岸のイガス(Igath)を中心とした、複数の民族の連合体。ウルガス語という言語を使う。また、彼らを焚き付けた「サウロンの密使たち」としてオライシャペク(Oraishapek)とネモル(Nemol)という魔術師が言及されている。

成立

悪疫が収まった後、リューンの湖周辺には大きな政治的空白が生じた。魔術師オライシャペクやネモルを中心としたサウロンの信奉者たちは、その空白を埋めるために活動し始めた。彼らはリューン一帯に新たな秩序を築くため、遊牧民が広く信仰する平原の神ケルカッスク(Kerkassk)の意志の代行を大義名分に、教団に反抗的な部族を滅ぼし、忠実な部族に土地を与えていった。また、西方との結びつきが強いエルガール(Elgaer)やケレパール(Kelepar)といった都市を破壊し、リューンを西方から隔絶された土地にした。こうして約一世紀ほどの間に、リューンでは冥王の息のかかった者たちの勢力が形成されていった。

1750年頃、リューンの湖南岸の都市ミストランド?(Mistrand)を拠点とするネモルの教団は、ガソド(Gathod)の中央集権化を進め、同地の遊牧民を一つの権威の下に統率した。皇帝によって統治されるこの部族連合はウガス語で全ての人々を意味するイガス(Igath)を名乗り、ウガス系の諸民族(Ulgathic tribes)で最も強大な勢力となった。旧来の勢力であるウルガス(Urgath)、ブライガス(Brygath)、ガスマリグ?(Gathmarig)とロガス(Logath)も、ミストランドの政権に従属した。

ロヴァニオン侵攻

19世紀の半ば頃、サウロンはゴンドールに進攻するよう、教団を介してリューンの民に命じた。1854年、ナズグールウーヴァタは、ハンドヴァリアグにゴンドールを攻めさせ、敵の関心が南に向いている隙にドル=リューネン?(Dor Rhunen)に侵攻するようネモルに指示した。ネモルは王に平原の神が戦争を導き、西方人に対する積年の恨みを晴らすと告げた。多くの部族は、来たるべき戦争を勢力拡大の好機と捉えた。

1855年、アヴァス一世﹙Avas I﹚治下のイガスは本格的なロヴァニオン侵攻を開始した。まず、北国人の入植者の町ブール・アルメンリク(Bur Armenrik)を陥落させ、焼き払った。イブノティシウダ?(Ibnotithiuda)は、殆どの者は町を守ろうとして殺され、僅かな生き残りがピンノン・リューン(Pinnon Rhun)へ逃げた。湖の民ドナス(Donath)の町レスト?(Lest)は占領され、海軍が掌握された。北岸のドルイニオンは地形の利を活かしてばらくの間は持ちこたえた。統領(Realmaster)と評議会は、スカラキコト(Scarakikot)の港を放棄し、水軍を率いてミストランドとレストから攻め寄せた敵と善戦した。だがオライシャペクが、ロガスの崇める神ヴァダン(Vadan)の名を騙って彼らを味方に付けると、ドルウィンリムの命運は尽きた。馬車が侵入できないピンノン・リューンの高地に住む民は奴隷にされるのを免れ、同時に抵抗運動の要塞となった。

ロヴァ二オン北部はイラニン?(Ilanin)の町を守るサガスの王であるトロス家(Tros)に与えられた。 馬車族は次の攻撃目標をカレナルゾンに定めたが、征服地域での反乱が多発し、兵力を裂かれたことで本来の強さを発揮できなくなった。結局、アヴァス家はロヴァニオンを占領していた45年の間で、イシリアンよりも上流の地域へ進出することはできなかった。馬車族が攻撃するための力を蓄える頃には、カリメフタールが反撃に転じようとしていた。馬車族の軍は度重なる勝利で慢心しており、ゴンドール人に襲い掛かれば、たちどころに征服できると思い込んでいた。ゆえにカリメフタールがどう動いても、追撃する気でいた。この慢心が、彼らの敗北につながった。

第一波敗退後

ゴンドールの馬車族に対する勝利は、イガス王の死とその王国の弱体化につながった。イガスによるドルイニオンの支配は終わり、統領は亡命先から帰還した。一方、北国人﹙Ehwathrumi﹚の反乱軍はエスガロス谷間の国を解放したが、ロヴァニオンには戻らず、多くの土地が無人の地となった。そのため、サガスやロガスは、貢物を得られなくなったものの、征服した領域は保持した。イブノティシウダは、破壊された都市には戻らなかった。
対して、馬車族が保持し続けていたリューン南部では新たな街が建設された。ドル=リューネンの州都であったソロンティア(Thorontir)の跡地の上に気づかれたこの町は、鋼の町を意味するクラヴォド(Kravod)と名付けられた。

第二波の開始

約半世紀後、新たにイガスの王となったアヴァス三世は王国がゴンドールに再度挑めるだけの勢いを取り戻したと考えた。第三紀1940年、彼はハンドと同盟を組むために南に向かった。ウーヴァタは定命の王オーヴァタ三世(Ovatha Ⅲ)を後継者に据えて去った。二人の王は共謀して策を講じた。イガスはハンドを通り、ヴァリアグの軍とともに近ハラドを経由してゴンドールの南の国境に進軍した。北ではダゴルラドとドル=リューネンに残ったロガスブライガスウルガスの連合軍が動いた。

馬車族壊滅後のリューン

イガス連合の二度目の瓦解の後、サウロンとその僕はウガス﹙Ulgath﹚の民ではゴンドールに勝てないと悟った。ガソドでは依然としてケルカッスクが強大な神として崇められてはいたが、ネモルの力は減退した。
馬車族の生き残りは牧草地や略奪の標的を求めて、戦争で荒れ果てたロヴァニオンを彷徨った。ヴィドゥガヴィアの王国の記憶は過去のものとなり、交易で栄えたドルイニオンは、排他的で孤立した地域となった。主要な交易路はサガスに抑えられ、商業が衰退した。ロガスはドルイニオンの国境を脅かし、湖では海賊が航路を徘徊した。オライシャペクはウルドナの脊椎(Uldona Spine)のオークを支配し、セロールの一族と戦わせ、麓の土地を急襲させた。リューン一帯は閉ざされた不穏な土地となり、サウロンの配下でさえも容易に支配できなくなった。

登場する馬車族の一覧

スペル読み人物説明
Avas Iアヴァス一世馬車族の王。部族連合の創設者
Avas IIIアヴァス三世馬車族の王。ヴァリアグハラドリムと同盟を結び、ゴンドールに対抗した
Rof Paku Iロフ=パク一世馬車族と北国人の混血の魔術師。ロヴァニオンで諜報活動に従事していた。

コメント

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  • ゲルを馬で運びながら移動するモンゴル軍がモデル!?あと、ついでにいうとロヒアリムの東方版。 -- ホビット 2008-11-24 (月) 15:07:20
    • ヒッタイトも若干入っているかと。 -- 2014-06-18 (水) 19:02:38
      • なるほど -- 2018-05-04 (金) 09:44:39
    • 紀元前1000年前後に地中海西岸を荒らし回った海の民も -- 2015-08-28 (金) 23:19:59
      • 今でも連中の正体は不明なんだよね。 -- 2015-08-29 (土) 19:21:02
      • ただ、それで生き残ったほぼ唯一の国はエジプト(近ハラド)… -- 2015-08-30 (日) 00:46:09
      • ヒッタイトとミノア文明は、滅んだけどね。 -- 2016-12-18 (日) 08:59:55
      • ギリシアの都市国家、アテネも生き残りらしいよ。 -- 2018-05-04 (金) 08:53:49
  • ゴンドールとまともに戦えてるとは。すごい・・ -- 2012-08-16 (木) 08:44:23
    • 東夷はオークやハラドリムより強いからねー。指輪戦争時もドワーフ・谷間の国連合軍相手に優勢だったし。 -- 2012-08-16 (木) 09:10:28
    • 東夷を一括りにはできませんがそれでもこの馬車族は当にゴンドールを追い込んでいますからね。当にモンゴル。 -- 2012-08-16 (木) 16:29:36
    • ということは、中つ国最強の軍といってもいいかもしれませんね。 -- 2012-08-17 (金) 08:51:33
      • いや、最終的には敗れてるので、最強と決めるのは早計かと -- 2012-08-17 (金) 10:45:35
      • 悪疫流行でゴンドールの国力が大きく損なわれている時期だったしね。 -- 2013-05-20 (月) 23:23:36
      • 悪疫は東夷にもダメージ与えてなかったっけ -- 2016-08-31 (水) 17:54:03
      • 与えてるね。だからゴンドールはその後百年くらい国力の回復に専念できた。 -- 2017-07-08 (土) 20:26:49
      • 間違えたわ。100年どころか150年以上国力回復に時間を使えてる。しかもその後の王はウンバール攻めて勝ち取ったりと外征してるから、馬車族侵入の頃はもう悪疫流行によるダメージから立ち直ってる。 -- 2017-07-09 (日) 21:43:29
  • チンギス・カンに相当する強力な指導者がいたのかもしれないね。 -- 2016-12-18 (日) 09:03:02
  • 西ローマ帝国・東ローマ帝国を襲ったフン族のアッティラじゃない?チンギス・ハーンじゃなくて -- 2017-07-07 (金) 22:55:02
  • 古代で言えば匈奴というよりはスキタイといった感じなのでしょうか?東の果てから中つ国北西部にたどり着くまでにどれだけのドラマがあったのか少し気になりますね -- 2017-11-02 (木) 21:09:02
  • アヴァスという名からイスラム国家アッバース朝を彷彿とさせる。映画でもターバン巻いた東夷が敵だったけど、やはりムスリム的民族が自由の民の敵として描かれるのは嫌だなぁ。 -- 2017-11-03 (金) 15:01:49
    • ムスリムとは全然違う民だよ。第一、映画にターバン巻いた敵なんていたっけ? -- 2017-11-04 (土) 00:57:28
      • ムマキルに乗ったハラドリムがそんな印象。ただムハンマドの時代にすでにターバンが存在していたらしいから(歴史的に仕方がないこととは言え)ターバンを即ムスリムと関連付けるのはやや早計かと -- 2017-11-04 (土) 01:29:45
    • 東夷はターバン巻いていない。後ターバンはムスリム成立以前からあるんで=ではない。ついでに東夷の先進地域さえ敵に回った可能性がある理由は傲慢になったヌメノール人が原因だから笑えないなあ。 -- 2017-11-11 (土) 09:35:30
      • 東夷の敵対とヌメノールの活動は関係ありませんよ。ヌメノール人は東方へは行ってません。 -- 2017-11-11 (土) 18:42:29
    • 映画の東夷は金と赤で装飾された鎧装束と矛槍・盾持って黒門でマーチしてた連中だろ。ターバン巻いてたのはオリファントに乗ってた奴らだ。 -- 2017-11-11 (土) 12:24:49
    • 単なる文化的ステレオタイプってヤツでしょ。 -- 2017-11-11 (土) 20:11:22
      • まぁそうなんでしょうね、金髪碧眼だったらみんなキリスト教徒だと言うわけではないですしちょんまげを付けていたら皆仏教徒というわけではないですから教授もわざわざムスリムを悪役に描いたとは思えないし思いたくないですね -- 2017-11-11 (土) 23:48:28
      • ↑そもそも、原作にムスリム的要素は皆無でしょう。この場合に教授を持ち出すのは不適当かと。 -- 2017-11-11 (土) 23:58:28
      • >そもそも原作にムスリム的要素は皆無でしょう kwsk -- 2017-11-12 (日) 01:45:31
      • 原作にはターバン巻いてるって描写すら無い。 -- 2017-11-12 (日) 03:52:18
      • ハラドやウンバールは中東やアフリカのイメージで設定されてるけど、イスラムという宗教を想起させる描写はない。 -- 2017-11-12 (日) 05:06:03
      • 作品が描かれた時期は中東とかイスラム諸国が火種になるよりもずっと前だし、同じ東方でもむしろソ連とか共産陣営の方が警戒すべき敵だった。 -- 2017-11-13 (月) 01:15:30
    • そもそも、異文化をモデルにしたから何だって話。それだけで侮辱してると批難するのは短絡的だろう。 -- 2018-03-20 (火) 01:05:41
    • 自分達の歴史と中つ国世界とを同一視しすぎな感がありますね。もちろん物語ni -- 2018-03-20 (火) 21:32:23
    • アッバース朝の英語表記はAbbasid、字面からしてアヴァール(Avars)の方が近いでしょう。東方からやって来た遊牧民で、当時の欧州諸国(東ローマ、ビザンツ)と渡り合った所も同じ -- 2018-09-29 (土) 22:06:13
  • 4~6世紀のモンゴル高原に高車というテュルク系の部族が栄え、彼らは大きな車輪の荷馬車に乗って遊牧生活をしたことからそう呼ばれたそうですが馬車族を思い起こさせます。 -- 2018-04-25 (水) 08:19:16
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*1 指輪物語 追補編』「ゴンドール、またアナリオンの後継者たち」

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Last-modified: 2018-09-29 (土) 22:06:13 (78d)