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ブランディワイン橋

概要

カテゴリー地名
スペルBrandywine Bridge
その他の呼び名(いし)(ゆみ)橋(Bridge of Stonebows)
大橋、ブランディワイン大橋(Great Bridge)

解説

石弓橋とも呼ばれる。ホビット庄の東の境、ブランディワイン川に架かる橋。東街道が通っており、アルノールの盛期に建造された。

マルコブランコの兄弟がアルセダインの王アルゲレブ二世からホビット庄の土地を与えられた条件には、この橋を含む橋と道路の維持管理があった。

指輪戦争の頃、サルマン配下のごろつきがホビット庄を支配するようになると、橋の両側には門が設けられた。橋の西側にあった橋宿は取り壊されて門衛の詰所となり、人間用の詰所にはしだ家のビルが、ホビット用の詰所には家畜番のホブなどのホビットたちが詰めていた。旅人たちによってサルマンとその一味が倒されると、これらの門や建物は取り壊された。

第四紀15年(ホビット庄暦1436年)にエレスサール王北方王国に行幸した際、王は自らの定めた法に従い庄内には入らず、この橋で友人たちと挨拶した。

コメント

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  • この項目に書くために調べるまでは、「石弓」なので、何となく"Crossbow Bridge"かと思ってました。この英語名からするとアーチ式の石橋のようですね。 -- カイト
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