#author("2020-05-15T00:45:10+09:00;2020-05-14T02:19:19+09:00","","")
* &ruby(ばしゃぞく){馬車族}; [#u8731fd3]
** 概要 [#Summary]

|~カテゴリー|[[種族]]|
|~スペル|Wainriders|
|~その他の呼び名||

** 解説 [#Explanation]

>三度目の災いは馬車族の侵入である。これはほとんど百年も続いた戦争で、ゴンドールの衰えゆく力をしだいに弱らせたのである。馬車族というのは東方からやって来た一民族、あるいはいくつかの民族の連合体である。しかしかれらはそれ以前に出現したどの民族よりも強く、戦いの装備も整っていた。かれらは大きな荷馬車に乗って旅をし、首領たちは戦車に乗って戦った。後になってわかったことではあるが、彼らは[[サウロン]]の密使たちに焚き付けられてゴンドールを急襲したのである。((『[[指輪物語]] [[追補編]]』「ゴンドール、またアナリオンの後継者たち」 ))
[[第三紀]]1851年から約100年間にわたって[[ゴンドール]]を攻撃した[[東夷]]の一派。一時は[[ロヴァニオン]]東南部を占領して[[北国人]]を滅ぼし、ゴンドールを存亡の危機に陥れるほど勢力を拡大した。
第一波は1856年に[[ナルマキル二世]]を討死せしめるが、1899年にその息子[[カリメフタール>カリメフタール(ナルマキル二世の息子)]]によって撃破された。第二波は[[ハンド]]および[[近ハラド]]の民と同盟して再びゴンドールを攻撃し、1944年に[[オンドヘア]]を討死せしめるが、最後には[[エアルニル二世]]によって撃滅された。

[[第三紀]]1851から約100年間にわたって[[ゴンドール]]を攻撃した[[東夷]]。[[ロヴァニオン]]南東部と、[[モルドール]]の西を[[アンドゥイン]]の東岸まで占領するほど勢力を拡大したが、1899年[[カリメフタール>カリメフタール(ナルマキル二世の息子)]]によって撃破された。だが、更にその後再び[[ゴンドール]]を攻撃する。こちらは1944年に[[エアルニル二世]]によって撃滅された。
>三度目の災いは馬車族の侵入である。これはほとんど百年も続いた戦争で、ゴンドールの衰えゆく力をしだいに弱らせたのである。馬車族というのは東方からやって来た一民族、あるいはいくつかの民族の連合体である。しかしかれらはそれ以前に出現したどの民族よりも強く、戦いの装備も整っていた。かれらは大きな荷馬車に乗って旅をし、首領たちは戦車に乗って戦った。後になってわかったことであるが、彼らは[[サウロン]]の密使たちに焚きつけられてゴンドールを急襲したのである。((『[[指輪物語]] [[追補編>指輪物語/追補編]]』「ゴンドール、またアナリオンの後継者たち」))

*** 第一波 [#k9306783]

1851年、[[東方>リューン]]から現れた馬車族は[[ロヴァニオン]]へ侵攻を開始する。[[悪疫]]の打撃からまだ立ち直っていなかった[[北国人]]はこれを迎え撃ったが打ち破られ、かれらの領土は馬車族に占領された。
1856年、[[ゴンドール]]の[[ナルマキル二世]]は大軍を率いて出撃し、北国人の残党と共に馬車族と戦ったが、馬車族の勢いは強く、[[アンドゥイン]]の先、[[闇の森]]の南にある平原でゴンドール軍は敗退、ナルマキルは討死した。北国人[[マルハリ]]の活躍によってゴンドール軍はかろうじて壊滅を免れた([[広野の合戦]])。
馬車族は勝利を収めたが、受けた被害も大きかったため、進撃を中断する。かれらは[[ロヴァニオン]]の東南部を手中に収めてほとんどの北国人を奴隷とした。

やがて、馬車族は[[浅地]]から[[カレナルゾン]]を急襲することを目論む。だがこれを察知したナルマキルの息子[[カリメフタール>カリメフタール(ナルマキル二世の息子)]]は、マルハリの息子[[マルフウィニ]]と協同して反撃を計画した。
1899年、進撃してくる馬車族を迎え撃ったカリメフタールは、[[ダゴルラド]]でマルフウィニ率いる騎馬軍団と共にこれを挟撃し敗走させることに成功。さらに奴隷となっていた北国人達が[[ロヴァニオン]]で反乱を起こし、馬車族の野営地を破壊する。行き場を失った馬車族は東方へ逃げ帰った。

こうして馬車族の第一波は辛うじて撃退されたが、[[北国人]]は故国を失って散り散りとなり、[[ゴンドール]]は東方の領土を完全に失った。

*** 第二波 [#be04ebce]

馬車族は西方への憎しみと野心を抱いたまま[[東方>リューン]]で勢力を回復させ、南へ伸長して[[ハンド]]や[[近ハラド]]の民と衝突するまでになる。やがれこれらの民族は講和を結び、さらには同盟して[[ゴンドール]]への攻撃を計画するようになった(この展開には[[サウロン]]の策謀があったと考えられている)。

1944年、東方と南方の蛮夷は[[ゴンドール]]を挟撃した。マルフウィニの息子[[フォルスウィニ]]から警告を受けていた[[オンドヘア]]はゴンドール軍を北軍と南軍に分け、自らは北軍を率いて馬車族を迎え撃った。ところが馬車族の戦車と騎兵からなる前衛部隊は予想以上に迅速かつ強力であり、ゴンドール北軍は[[モランノン>黒門]]の北の[[ダゴルラド]]で陣を十分に整えられないまま蹂躙された。これによりオンドヘアと、彼の二人の息子[[アルタミア]]と[[ファラミア>ファラミア(オンドヘアの息子)]]は討死した。
そのまま馬車族は[[イシリアン]]になだれ込んだが、勝利を確信して宴を張っていたところを、南方の敵を撃退して急遽北上してきた将軍[[エアルニル>エアルニル二世]]率いるゴンドール南軍および北軍の残党に急襲される。馬車族は撃滅され、逃げ延びた者達も[[死者の沼地]]に追い落とされて殲滅された([[野営地の合戦]])。

*** その後 [#a0a87d41]

後に[[ゴンドール]]を襲った[[東夷]]の一派である[[バルホス族]]は、馬車族に近縁の氏族であると見られている。
また[[指輪戦争]]で[[モルドール]]に服属した東夷の中には、戦車や荷車を駆る者達の姿も見られた。

**[[Iron Crown Enterprises]]による設定 [#i4839ee4]

[[リューンの湖]]南岸のイガス(Igath)を中心とした、複数の民族の連合体。ウルガス語という言語を使う。また、彼らを焚き付けた「サウロンの密使たち」としてオライシャペク(Oraishapek)とネモル(Nemol)という魔術師が言及されている。

***成立 [#j8525341]

[[悪疫]]が収まった後、リューンの湖周辺には大きな政治的空白が生じた。魔術師オライシャペクやネモルを中心とした[[サウロン]]の信奉者たちは、その空白を埋めるために活動し始めた。彼らは[[リューン]]一帯に新たな秩序を築くため、遊牧民が広く信仰する平原の神ケルカッスク(Kerkassk)の意志の代行を大義名分に、教団に反抗的な部族を滅ぼし、忠実な部族に土地を与えていった。また、西方との結びつきが強いエルガール(Elgaer)やケレパール(Kelepar)といった都市を破壊し、リューンを西方から隔絶された土地にした。こうして約一世紀ほどの間に、リューンでは冥王の息のかかった者たちの勢力が形成されていった。

1750年頃、リューンの湖南岸の都市[[ミストランド]](Mistrand)を拠点とするネモルの教団は、[[ガソド]](Gathod)の中央集権化を進め、同地の遊牧民を一つの権威の下に統率した。皇帝によって統治されるこの部族連合はウガス語で全ての人々を意味するイガス(Igath)を名乗り、ウガス系の諸民族(Ulgathic tribes)で最も強大な勢力となった。旧来の勢力である[[ウルガス]](Urgath)、[[ブライガス]](Brygath)、[[ガスマリグ]](Gathmarig)と[[ロガス]](Logath)も、ミストランドの政権に従属した。

***ロヴァニオン侵攻 [#d2c5aaef]

19世紀の半ば頃、サウロンはゴンドールに進攻するよう、教団を介してリューンの民に命じた。1854年、[[ナズグール]]の[[ウーヴァタ]]は、[[ハンド]]の[[ヴァリアグ]]にゴンドールを攻めさせ、敵の関心が南に向いている隙に[[ドル=リューネン]](Dor Rhunen)に侵攻するようネモルに指示した。ネモルは王に平原の神が戦争を導き、西方人に対する積年の恨みを晴らすと告げた。多くの部族は、来たるべき戦争を勢力拡大の好機と捉えた。

1855年、アヴァス一世﹙Avas I﹚治下のイガスは本格的な[[ロヴァニオン]]侵攻を開始した。まず、北国人の入植者の町ブール・アルメンリク(Bur Armenrik)を陥落させ、焼き払った。[[イブノティシウダ]](Ibnotithiuda)は、殆どの者は町を守ろうとして殺され、僅かな生き残りが[[ピンノン・リューン>リューンの丘陵]](Pinnon Rhun)へ逃げた。湖の民[[ドナス]](Donath)の町[[レスト]](Lest)は占領され、海軍が掌握された。北岸の[[ドルイニオン]]は地形の利を活かしてばらくの間は持ちこたえた。統領(Realmaster)と評議会は、スカラキコト(Scarakikot)の港を放棄し、水軍を率いてミストランドとレストから攻め寄せた敵と善戦した。だがオライシャペクが、ロガスの崇める神ヴァダン(Vadan)の名を騙って彼らを味方に付けると、ドルウィンリムの命運は尽きた。馬車が侵入できないピンノン・リューンの高地に住む民は奴隷にされるのを免れ、同時に抵抗運動の要塞となった。

ロヴァ二オン北部は[[イラニン]](Ilanin)の町を守る[[サガス]]の王であるトロス家(Tros)に与えられた。 馬車族は次の攻撃目標を[[カレナルゾン]]に定めたが、征服地域での反乱が多発し、兵力を裂かれたことで本来の強さを発揮できなくなった。結局、アヴァス家はロヴァニオンを占領していた45年の間で、[[イシリアン]]よりも上流の地域へ進出することはできなかった。馬車族が攻撃するための力を蓄える頃には、[[カリメフタール>カリメフタール(ナルマキル二世の息子)]]が反撃に転じようとしていた。馬車族の軍は度重なる勝利で慢心しており、ゴンドール人に襲い掛かれば、たちどころに征服できると思い込んでいた。ゆえにカリメフタールがどう動いても、追撃する気でいた。この慢心が、彼らの敗北につながった。

***第一波敗退後 [#f3ed52c8]

ゴンドールの馬車族に対する勝利は、イガス王の死とその王国の弱体化につながった。イガスによるドルイニオンの支配は終わり、統領は亡命先から帰還した。一方、北国人﹙Ehwathrumi﹚の反乱軍は[[エスガロス]]と[[谷間の国]]を解放したが、ロヴァニオンには戻らず、多くの土地が無人の地となった。そのため、サガスやロガスは、貢物を得られなくなったものの、征服した領域は保持した。イブノティシウダは、破壊された都市には戻らなかった。
対して、馬車族が保持し続けていたリューン南部では新たな街が建設された。ドル=リューネンの州都であったソロンティア(Thorontir)の跡地の上に気づかれたこの町は、鋼の町を意味するクラヴォド(Kravod)と名付けられた。

***第二波の開始 [#t7d48690]

約半世紀後、新たにイガスの王となったアヴァス三世は王国がゴンドールに再度挑めるだけの勢いを取り戻したと考えた。第三紀1940年、彼はハンドと同盟を組むために南に向かった。ウーヴァタは定命の王オーヴァタ三世(Ovatha Ⅲ)を後継者に据えて去った。二人の王は共謀して策を講じた。イガスはハンドを通り、ヴァリアグの軍とともに[[近ハラド]]を経由してゴンドールの南の国境に進軍した。北では[[ダゴルラド]]とドル=リューネンに残った[[ロガス]]、[[ブライガス]]、[[ウルガス]]の連合軍が動いた。

***馬車族壊滅後のリューン [#q868265b]

イガス連合の二度目の瓦解の後、サウロンとその僕はウガス﹙Ulgath﹚の民ではゴンドールに勝てないと悟った。ガソドでは依然としてケルカッスクが強大な神として崇められてはいたが、ネモルの力は減退した。 
馬車族の生き残りは牧草地や略奪の標的を求めて、戦争で荒れ果てたロヴァニオンを彷徨った。[[ヴィドゥガヴィア]]の王国の記憶は過去のものとなり、交易で栄えたドルイニオンは、排他的で孤立した地域となった。主要な交易路は[[サガス]]に抑えられ、商業が衰退した。ロガスはドルイニオンの国境を脅かし、湖では海賊が航路を徘徊した。オライシャペクは[[ウルドナの脊椎>リューンの丘陵]](Uldona Spine)の[[オーク]]を支配し、[[セロールの一族>鉄拳族]]と戦わせ、麓の土地を急襲させた。リューン一帯は閉ざされた不穏な土地となり、サウロンの配下でさえも容易に支配できなくなった。

***登場する馬車族の一覧 [#k28d15ce]

|スペル|読み|人物説明|
|Avas I|アヴァス一世|馬車族の王。部族連合の創設者|
|Avas III|アヴァス三世|馬車族の王。[[ヴァリアグ]]、[[ハラドリム]]と同盟を結び、[[ゴンドール]]に対抗した|
|Rof Paku I|ロフ=パク一世|馬車族と[[北国人]]の混血の魔術師。[[ロヴァニオン]]で諜報活動に従事していた。|

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