#author("2020-08-10T16:01:44+09:00;2018-10-27T22:27:27+09:00","","")
* カスタミア [#feb15876]
** 概要 [#Summary]

|~カテゴリー|[[人名]]|
|~スペル|Castamir|
|~その他の呼び名|簒奪者(the Usurper)|
|~その他の呼び名|&ruby(さん){簒};&ruby(だつ){奪};者カスタミア(Castamir the Usurper)|
|~種族|[[人間]]([[ドゥーネダイン]])|
|~性別|男|
|~生没年|[[第三紀]](1259)~†1447(享年188)。在位1437~1447(10年間)|
|~生没年|[[第三紀]](1259)~†1447年(享年188)|
|~親|不明(祖父は[[カリメフタール>カリメフタール(カルマキルの息子)]])|
|~兄弟||
|~配偶者||
|~子|不明(曾孫に[[アンガマイテ]]と[[サンガヒャンド]])|

** 解説 [#Explanation]

簒奪者カスタミアと呼ばれる。[[カリメフタール>カリメフタール(カルマキルの息子)]]の孫。
[[ゴンドール]]海軍の総指揮者だったが、[[北国人]]を母に持つ[[エルダカール>エルダカール(ヴァラカールの息子)]]が1432年にゴンドールの王位を継ぐとこれに反発する。カスタミアは、1437年に[[オスギリアス]]を包囲攻撃して、ゴンドールの王位を簒奪した(22代目の王)。
カスタミアは残虐な人物で、捕らえたエルダカールの息子[[オルネンディル]]を処刑し、他にも多くの殺戮を行う。さらに国よりも艦隊のことに興味を持っていたようで、王都をオスギリアスから[[ペラルギア]]に移そうとしていた。
そのため他の[[ドゥーネダイン]]の反発を買い、彼らドゥーネダインを[[ロヴァニオン]]に亡命したエルダカールの元に馳せ参じさせる結果となる。
|>|>|~[[ゴンドール]]の王|h
|CENTER:第21代&br;[[エルダカール>エルダカール(ヴァラカールの息子)]]&br;1432~1437|CENTER:第22代&br;簒奪者''カスタミア''&br;[[第三紀]]1437~1447年(10年間)|CENTER:第21代(復位)&br;[[エルダカール>エルダカール(ヴァラカールの息子)]]&br;1447~1490|

カスタミアが王位を奪ってから10年後の1447年、エルダカールによってオスギリアスに攻め込まれる。[[レベンニン]]の[[エルイの渡し]]の合戦で、カスタミアはエルダカールに討ち取られた。しかしカスタミアの息子達は[[ウンバール]]に逃げ込み、以後ゴンドールと対立を続けた。
[[カリメフタール>カリメフタール(カルマキルの息子)]]の孫。[[ゴンドール]]の[[同族の争い]]における反[[エルダカール>エルダカール(ヴァラカールの息子)]]派の指導者。

やがて、カスタミアの子孫の率いる[[海賊]]は、1634年には[[ミナルディル]]を殺害することになる。だが[[テルメフタール・ウンバールダキル>テルメフタール]]が[[ウンバール]]を奪取した時に、カスタミアの曾孫[[アンガマイテ]]と[[サンガヒャンド]]は殺され、カスタミアの子孫は死に絶えた。
王位に最も近い人物であり、[[ゴンドール]]海軍の総指揮官として沿岸地方と[[ペラルギア]]および[[ウンバール]]に多数の支持者を擁していた。そのため[[北国人]]を母に持つ[[エルダカール>エルダカール(ヴァラカールの息子)]]が1432年にゴンドールの王位を継ぐと、これに反発する勢力の最有力者となり、1437年に[[オスギリアス]]を包囲攻撃してエルダカールを放逐、王位を簒奪した(22代目の王)。
だがそれに前後して残虐な本性をあらわにし、捕らえたエルダカールの息子[[オルネンディル]]を処刑したことをはじめオスギリアスで不必要な殺戮と破壊を行う。さらに陸の国土よりも艦隊のことに興味を持っていたようで、王都をオスギリアスから[[ペラルギア]]に移そうとした。
こうした行状から内陸部の[[ドゥーネダイン]]の支持を失い、[[ロヴァニオン]]に亡命したエルダカールが蜂起すると多数の民がエルダカールの許に馳せ参じる結果となる。王位簒奪から10年後の1447年、[[レベンニン]]の[[エルイの渡し]]で行われた大合戦において、カスタミアはエルダカールによって討ち取られた([[同族の争い]])。

しかしカスタミアの息子達は海軍力を掌握していたために[[ペラルギア]]で持ちこたえ、やがて叛徒を糾合すると[[ウンバール]]に逃げ込んで王権に対抗する勢力を打ち立てた。以後ウンバールは[[ゴンドール]]に敵対する勢力の拠点となり、長らくゴンドールの沿岸を悩ました。
1634年にはカスタミアの曾孫[[アンガマイテ]]と[[サンガヒャンド]]が[[ミナルディル]]を殺害した。だが1810年に[[テルメフタール]]が[[ウンバール]]を奪取した時に、カスタミアの子孫は死に絶えた。

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