* 新暦法 [#r7745c3a]
** 概要 [#v63d35a1]

|~カテゴリー|[[暦]]|
|~スペル|New Reckoning|
|~異訳||
|~その他の呼び名||

** 解説 [#a1c8c62f]

>「午ですと?」[[サム]]はそういって計算しようとしました。「何日の午でしょうか?」
「新年の十四日じゃ。」と、[[ガンダルフ]]はいいました。「それとも[[ホビット庄暦]]のほうがいいなら、四月の第八日目じゃ。じゃが、[[ゴンドール]]ではこれから新年はいつも、[[サウロン]]が没落し、お前さんたちが火の中から王の許に連れて来られた三月の二十五日に始まることになったのじゃ。」((『[[指輪物語]] [[王の帰還]] 下』 「四 コルマルレンの野」))

[[指輪戦争]]での[[サウロン]]の没落と王の帰還により、第三紀3019年から[[ホビット庄]]を除く[[再統一された王国]]で用いられた太陽暦。[[ゴンドール]]が再び王を戴く王国となったので、この暦は[[王の暦法]]への回帰とされる。[[サウロン]]の没落を記念して、旧暦法((紛らわしいが、ここでの旧暦法とは[[執政の暦法]]ではなく、[[王の暦法]]のこと。[[ホビット庄暦]]1419年([[第三紀]]3019年)3月25日は王の暦法でも執政の暦法でも3月25日))の3月25日を一年の始まりとする。そのため[[エルダール]]の[[ロア>裂け谷暦法]]のように、春の始まりが年の始まり((ただし[[裂け谷の暦>裂け谷暦法]]と同一ではなく、新暦法の方が早い))となる。
[[指輪戦争]]での[[サウロン]]の没落と王の帰還により、第三紀3019年から[[ホビット庄]]を除く[[再統一された王国]]で用いられた太陽暦。[[ゴンドール]]が再び王を戴く王国となったので、この暦は[[王の暦法]]への回帰(a return of Kings' Reckoning)とされる。[[サウロン]]の没落を記念して、旧暦法(old style)((ここでの旧暦法とは[[執政の暦法]]ではなく、[[王の暦法]]のこと。[[ホビット庄暦]]1419年([[第三紀]]3019年)3月25日は王の暦法でも執政の暦法でも3月25日))の3月25日を一年の始まりとする。そのため[[エルダール]]の[[ロア>裂け谷暦法]]のように、春の始まりが年の始まり((ただし[[裂け谷の暦>裂け谷暦法]]と同一ではなく、新暦法の方が早い))となる。

旧暦法のスーリメ(3月)の24日を年の終わりの日メッタレ(mettarë)、同25日を年の始めの日イェスタレ(yestarë)とし、中日(Middle-days)の3日間(182~184日目)をエンデリ(enderi)((特に183日目は、一年の真ん中なのでロエンデ(loëndë)と呼ぶ))とする。メッタレ、エンデリ、イェスタレの5日は月に含まれない。12ある月は全て30日で、ヤヴァンニエ(9月)とナルクウェリエ(10月)の間にエンデリがある。
[[指輪所持者]][[フロド]]を記念して、彼の誕生日にあたる旧暦法のヤヴァンニエ(9月)の22日(([[ビルボ]]の誕生日でもある))、つまり新暦法の9月30日は[[クウェンヤ]]でコルマレ(cormarë)((指輪の日(Ringday)の意))と呼ばれる祝日とする。4年ごとの閏年にはコルマレが2日間になる。
つまりこれは年の始まる日をずらした[[ホビット庄暦]]といってもいい。([[暦の比較表]])

他の暦との対比のため月の番号は変えていないが、1月から年が始まるのではない。イェスタレから年が始まり、4~9月・エンデリ・10~12月ときてそのまま1~3月に続き、メッタレで年が終わる。
||~日数|~クウェンヤ名|~シンダール語名|
|RIGHT:1月|RIGHT:30|ナルヴィンイエ(Narvinyë)|ナルワイン(Narwain)|
|RIGHT:2月|RIGHT:30|ネーニメ(Nénimë)|ニーヌイ(Nínui)|
|RIGHT:3月|RIGHT:30|スーリメ(Súlimë)|グヮイロン(Gwaeron)|
||RIGHT:1|>|メッタレ(Mettarë)|
||RIGHT:1|>|イェスタレ(Yestarë)|
|RIGHT:4月|RIGHT:30|ヴィーレッセ(Víressë)|グウィリス(Gwirith)|
|RIGHT:5月|RIGHT:30|ローテッセ(Lótessë)|ロスロン(Lothron)|
|RIGHT:6月|RIGHT:30|ナーリエ(Nárié)|ノールイ(Nórui)|
|RIGHT:7月|RIGHT:30|ケアミエ(Cermië)|ケアヴェス(Cerveth)|
|RIGHT:8月|RIGHT:30|ウリメ(Urimë)|ウルイ(Urui)|
|RIGHT:9月|RIGHT:30|ヤヴァンニエ(Yavannië)&br;30日目がコルマレ(Cormarë)|イヴァンネス(Ivanneth)|
||RIGHT:3|>|エンデリ(Enderi)&br;真ん中の二日目がロエンデ(Loëndë)|
|RIGHT:10月|RIGHT:30|ナルクウェリエ(Narquelië)|ナルベレス(Narbeleth)|
|RIGHT:11月|RIGHT:30|ヒーシメ(Hísimë)|ヒスイ(Hithui)|
|RIGHT:12月|RIGHT:30|リンガレ(Ringarë)|ギリスロン(Girithron)|

[[第四紀]]は[[エルロンド]]が[[第三紀]]3021年に[[アマン]]へ去ったことで始まったとされた。ただし彼が旅立ったのは旧暦法及びホビット庄暦での9月29日だが、記録の都合から[[ゴンドール]]では旧暦法及びホビット庄暦の第三紀3021年3月25日が新暦法による第四紀1年の始まりである。
新暦法とホビット庄暦での第四紀のズレについては[[ホビット庄暦]]を参照。

** コメント [#f52fd9b4]

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