月に住む男 鈍重の巻

概要

カテゴリー詩・歌
スペルThe Man in the Moon Stayed Up Too Late
その他の呼び名古旅籠の歌*1

解説

フロド・バギンズ躍る小馬亭で窮地を脱するため、やけっぱちで歌った滑稽な歌。元々はビルボ・バギンズの作。
小馬亭の集会室でホビット庄の出来事を話して聞かせていたペレグリン・トゥックは調子に乗って誕生会でビルボが姿を消した様子を実演しようとしてしまい、秘密にしておくべき「バギンズ」の名に聴衆の注意が喚起されかねない事態となる。そこでフロドは聴衆の注意を逸らすために酒に酔ったふりをして演説を行い、そのまま歌を披露することになってしまった。

この歌は聴衆に大いに歓迎され、フロドは復唱することになったが、今度は自分が気を良くしたフロドは再び「牝牛が月をとびこした」と歌う部分になったところで自ら跳び上がってみせ、その拍子に転倒してうっかり一つの指輪を指にはめてしまう。フロドの姿がかき消えたことで集会室は騒然となり、かえって人々の注意を引く結果となってしまった。その場に居合わせた馳夫アラゴルン二世)はあなたの友人たちが何をいったところで、あれほどひどいことにはならなかっただろう!と評している。

この歌は『トム・ボンバディルの冒険』にも収録されており、題名はそこで付されているもの。

邦訳

灰色の山のふもとに、宿屋があってさ、
 それは愉快な、古旅籠はたごだったさ。
そこのビールは茶色で、のみごろ。
そこである晩、月の男が、
 存分のもうと、降りて来たとさ。

宿のかい猫、一杯機嫌でさ、
 五弦の胡弓を、かきならしたさ。
弓は走るよ、ゆきつもどりつ、
キキキときしむやら、ルルルとうなるやら、
 ギイギイギイと、だてやら。

亭主の小犬は、だじゃれが大好きで、
 客にまじって、聞き耳立てて、
お客衆がそろって、さんざめくとき、
だじゃれはどこぞと、片耳そらせ、
 息がつまるほど、高笑いするとさ。

宿には、角ある牝牛もおってさ、
 お妃さまほど、お高くとまってさ、
けれど、音楽はビールのようにいて、
頭ふらふら、尻尾ふりふり、
 牝牛おどらす、草の上に、さ。

そーら、並んだ銀の皿、小皿、さ。
 銀のお匙も、山とあるぞ!
日曜用には、とびきりの一組。
土曜の午後は、その匙と皿、
 念入りによく 磨きあげるとさ。

月の男は、したたかのんでさ。
 猫は、ニャーニャー泣き出した。
匙と皿とがテーブルで踊り、
庭じゃ牝牛が浮かれて跳ねて、
 小犬が尻尾を、追っかけたさ。

月の男は、ジョッキのお代わりさ。
 それから、椅子の下に転がりおちて、
うとうと寝る間も、夢はビールさ、
お空の星が色あせるまで、
 暁ま近に、せまるまで、さ。

さても馬丁は、よいどれ猫に、さ。
「月の白馬が、いななきながら
銀のくつわを、かみかみ待つが、
そのご主人は、正体がないぞ。
 間もなくお日さまのぼるというに。」

そこで猫どん胡弓をひいたさ。
 びとも目さます陽気なはやし、ヘイ、ディドル、ディドル!
キーと浮き、ギーと弾き、調子を早めた。
宿屋は、月の男をゆりおこした、さ。
「とっくに、三時をすぎました!」と。

みんなで男を山の上へころがしてさ。
 山から、月へ投げ込んでやったさ。
あとから馬ども、おいかけていった。
牝牛もつづいて、鹿のように追った。
 つづいて皿も、匙といっしょにかけた。

胡弓は早まる、ヘイ・ディドル、ディドル!
 小犬は、わんわん、ほえだした。
牝牛と馬たち、逆立ちした、さ。
お客衆はみんな、はねおきて、
 床の上で、ひと踊りしたさ。

ピィン、プツン! と、胡弓が切れたさ。
 牝牛は、月をとびこした。
小犬は、それみて、大笑い。
土曜日の皿は、家出をして、さ
 日曜日の匙と、かけおちしたさ。

まるい月男は、山の後ろにころげおち、
 日娘、顔をそっと出した。
もえるその目が、何を見てたまげた、さ。
朝だというのに、まあ、おどろいた。
 ぞろぞろみなさん、ベッドに戻るとは!*2

原文

There is an inn, a merry old inn
 beneath an old grey hill,
And there they brew a beer so brown
That the Man in the Moon himself came down
 one night to drink his fill.

The ostler has a tipsy cat
 that plays a five-stringed fiddle;
And up and down he runs his bow,
Now squeaking high, now purring low,
 now sawing in the middle.

The landlord keeps a little dog
 that is mighty fond of jokes;
When there's good cheer among the guests,
He cocks an ear at all the jests
 and laughs until he chokes.

They also keep a horned cow
 as proud as any queen;
But music turns her head like ale,
And makes her wave her tufted tail
 and dance upon the green.

And O! the rows of silver dishes
 and the store of silver spoons!
For Sunday there's a special pair,
And these they polish up with care
 on Saturday afternoons.

The Man in the Moon was drinking deep,
 and the cat began to wail;
A dish and a spoon on the table danced,
The cow in the garden madly pranced,
 and the little dog chased his tail.

The Man in the Moon took another mug,
 and then rolled beneath his chair;
And there he dozed and dreamed of ale,
Till in the sky the stars were pale,
 and dawn was in the air.

Then the ostler said to his tipsy cat:
 ‘The white horses of the Moon,
They neigh and champ their silver bits;
But their master's been and drowned his wits,
 and the Sun'll be rising soon!’

So the cat on his fiddle played hey-diddle-diddle,
 a jig that would wake the dead:
He squeaked and sawed and quickened the tune,
While the landlord shook the Man in the Moon:
 ‘It's after three!’ he said.

They rolled the Man slowly up the hill
 and bundled him into the Moon,
While his horses galloped up in rear,
And the cow came capering like a deer,
 and a dish ran up with the spoon.

Now quicker the fiddle went deedle-dum-diddle;
 the dog began to roar,
The cow and the horses stood on their heads;
The guests all bounded from their beds
 and danced upon the floor.

With a ping and a pong the fiddle-strings broke!
 the cow jumped over the Moon,
And the little dog laughed to see such fun,
And the Saturday dish went off at a run
 with the silver Sunday spoon.

The round Moon rolled behind the hill
 as the Sun raised up her head.
She hardly believed her fiery eyes;
For though it was day, to her surprise
 they all went back to bed!

備考

この歌はマザー・グース(Wikipedia:マザー・グース)の中の一編Hey Diddle DiddleWikipediaEN:Hey_Diddle_Diddle)がもとになっている。

指輪物語』本編では今ではふつうこの中のほんの数行が憶えられているにすぎません。と述べられており、ビルボ・バギンズの作ったこの歌が巡り巡ってマザー・グースとして今日まで伝えられることになった、という設定になっているものと思われる。

コメント

最新の6件を表示しています。 コメントページを参照

  • フロドもトゥックの血筋だな、と思わせるエピソード。また、こんな滑稽詩にも現実の伝承とのリンクや、ティリオンとアリエンの神話を組み込むあたり、つくづくトールキンは油断がならない。 -- 2017-12-29 (金) 22:32:29
  • Youtubeでミュージカル版の動画を見ましたが、見ていてとても楽しくなるパートでした。 -- 2018-07-22 (日) 07:47:15
  • マザーグースのHey diddle diddle がとても好きなので読んだ時に「!!!」っと思い、さらに“今ではふつうこの中のほんの数行が憶えられているにすぎません。"というところでニヤリとしたwこういうの他にもあるかなーって探したくなる -- 2022-05-05 (木) 20:19:52
お名前:

人種差別をあおるもの、公序良俗に反するもの、項目とは関係ないコメント、他コメント者への個人攻撃及び価値観の押しつけや、相手を言い負かすことが目的の非建設的な議論、現実世界の政治および近代・現代史、特定国家、団体、民族などに結びつけ批判、揶揄するようなコメントなどは削除の対象となります。その他コメントについて。
Last-modified: