四 が一 の庄 †
概要†
カテゴリー | 地名 |
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スペル | Farthings |
解説†
ホビット庄を四つに分ける東西南北の区分(ホビット庄の地図を参照)。その区分の中心(正確には西、東、南四が一の庄の境)には、境石という石が置かれている。
東四が一の庄 (Eastfarthing)†
東のブランディワイン川に面しており、ブランディワイン橋より南の川向こうはバック郷である。
川と東街道が平行して中央を東西に横切っており、これより北側には岩村や石切村、穴熊トンネルなどがあり、その更に北東にドワリングがあるらしい。街道沿いには蛙沢や白畦村があり、橋野にはボルジャー家が住むバッジ浅瀬がある。
街道の南には緑山丘陵とその東端に末つ森があり、森の中を北東に切株川が流れ、森の端には森間村がある。切株川に沿って森を抜けた南東部には沢地が広がり、ところざわ村、藺草台村などの村々が点在している。ところざわ村と藺草台村の間に豆畦があり、その5マイル北にバックルベリの渡し場がある。この辺り一帯は沢地の国と呼ばれ、バック郷に移る以前にオールドバックを名乗っていたブランディバック一族の故地であり、沢地の国の村々では伝統的にブランディバック家の家長である館主の権威が認められている。
南四が一の庄との境界には境川が流れており、途中で薊川が注ぎ込む地点に柳窪がある。境川がブランディワイン川に注ぎ込む付近にはディープハロウがあり、その南の対岸は境出の湿地となっている。
西四が一の庄 (Westfarthing)†
東西に横切る東街道の北側には境石の近くに水の辺村があり、その西にはホビット村、袋小路屋敷があるお山、山越村がある。西北から流れてきた川が藺原の沼地、ホビット村、池を経由して東へ流れる。他の集落として針穴村、屋無里村、小堀村がある。
街道の南側の、緑山丘陵西部にはトゥック郷があり、同地のタックバラにはトゥック一族の住む大スマイアルがある。
街道の途中にはみつまたがあり、北と南へ向かう道が分かれる。街道を西に向かうと白が丘連丘にホビット庄の首府である大堀町が、そのさらに西に向が丘連丘がある。元来のホビット庄の土地は向が丘連丘までであったが、第四紀に入ってさらに西の塔山丘陵までが西境と呼ばれる新地となった。
南四が一の庄 (Southfarthing)†
長窪村などに、パイプ草の農場が多くあった。また(オールド・ヴィンヤードのような赤ワインの原料となる)ブドウも栽培されていたらしく、温暖で農耕に適した土地だったようである。
南の庄境にはサルンの浅瀬がある。
北四が一の庄 (Northfarthing)†
ビールの原料になる大麦の生産地であり、オート麦農場という地名もあることから、比較的冷涼な気候であったようである。
庄境には北の沼地や緑野がある。
備考†
Farthingは、英語で(1961年に廃止された)1/4ペニー硬貨を指し、元を正せば1/4の意である古英語のfēorðing、中期英語のferthingに由来する。Farthingは、イギリスのヨークシャーでは分区に今も使われている。
コメント†
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