モルゴス

概要

カテゴリー人名
スペルMorgoth
その他の呼び名メルコール(Melkor)
バウグリル、バウグリア(Bauglir)
冥王、暗黒の王(Dark Lord)
世界の暗黒の敵、この世の黒き敵(Black Foe of the World)
大敵、大いなる敵(the Enemy)
初代の大敵(the First Enemy)
強大な敵、大いなる敵(the Great Enemy)
かの大いなる影(the Great Shadow)
暗黒の王(Lord of the Dark, Dark King)
暗黒の主(Lord of the Darkness)
北方の暗黒の力、北方の冥王(Dark Power of the North)
大いなる闇の御方(Great Dark One)
世界の王(King of the World)
マンドスの囚人(jail-crow of Mandos)
種族アイヌルヴァラール
性別
生没年
兄弟マンウェ(兄弟)

解説

アルダの諸悪の根源。上古冥王
元来この者は、クウェンヤで「力にて立つ者(He who arises in Might)」を意味するメルコールの名*1で呼ばれた最も強大なアイヌルであった。だが彼は創造神イルーヴァタールの主題に反逆し、兄弟たるマンウェ王国(アルダ)を力ずくで我が物にしようとして数限りない損害をアルダに加えた。そのためメルコールの名は剥奪され、もはやヴァラールの一人には数えられない。
フィンウェが殺されてシルマリルが奪い取られたことを知ったフェアノールがこの者をシンダリンで「黒き敵(Black Enemy)」を意味するモルゴスと呼び、以後はその名で知られるようになった。シンダリンで「圧制者(Constrainer)」の意であるバウグリルとも呼ばれた。

アイヌルとしては酷寒と灼熱を生じさせた者だった。しかしモルゴスがアルダに害を加える上で最もよく用いたのが暗闇であり、彼と同一化された暗闇はすべての命ある者にとって甚だしい恐怖の対象となった。このために冥王の名で呼ばれる。

中つ国では初めはウトゥムノ、後にはアングバンドを拠点とし、その下にはマイアールの悪霊(サウロンバルログ等)や被造物の怪物(オークトロル等)、邪悪な人間東夷等)からなるおびただしい数の堕落した召使が集っていた。これらの召使達の中で生き残った者はモルゴス亡き後も中つ国とそこに暮らす自由の民を害し続けたが、モルゴス自身はこういった勢力を構築してアルダを侵食することに力を費やしたため、晩期にはアイヌルとしての能力をほとんど失っていった。

モルゴスは上古の終わりに怒りの戦いによって虚空に放逐され、ヴァラールが玉座にある限り現存する目に見える姿では二度とアルダに戻ってくることはない。しかし彼の投げかけた暗闇はいまだにアルダを覆っており、その意思と虚言は依然として召使達を支配している。

そこでモルゴスは現れた。地下の玉座からゆっくり登ってきた。その足音は、地の下を揺るがす雷の如く轟いた。
立ち現れたモルゴスは、黒の鎧に身を固め、塔のように王の前に立ちはだかった。頭には鉄の王冠を戴き、紋章のない黒一色の巨大な盾が、嵐を孕む雲のように王の上に影を落とした。 …
モルゴスは、地獄の鉄槌グロンドを高々と振り上げ、雷光の如く打ち下ろした。*2

「予こそ長上王なり。われはメルコール、全ヴァラールのうち、最初にあって最も力ある存在、世の開闢以前にあって世を創りし者。わがもくろむ影はアルダを覆い、地上に起こるすべてのことはひそやかに、だが着実に、わが意を表してゆくであろう。」*3

最も力ある者

「げにアイヌルは力ある者なり。アイヌルのうちにありて、この上なき力を持つ者はメルコールなり。」*4

イルーヴァタールが最初に創り出した聖霊アイヌルの最強者がメルコールであった。
メルコールには全アイヌルの中で最大の力と知識が与えられており、そればかりでなく他のヴァラールの資質をもいくらかずつ分け与えられていた。

しかし彼はやがて自らの手で創造を成したいと欲すようになり、不滅の炎虚空に求めてただ独りさ迷うようになる。そのため彼は、他のアイヌルとは異なる考えを抱くようになった。

アイヌルの音楽が奏せられた時、メルコールは自分に与えられた声部パートの栄光をさらに大きなものにしたいと思い、歌唱に自らの考えを織り込んで不協和音を生じさせた。メルコールの力はあまりに大きく、他のアイヌルの斉唱は圧せられ、イルーヴァタールの提示した主題が二度もかき消されるほどであった。中には、むしろ彼に同調して共に不協和音を起こす者達すらいた。
しかしイルーヴァタールが三度目に示した主題は力では決してかき消されることのない悲しみと美が基調となっており、メルコールとその同調者達の不協和音すら取り込んで一つの音楽となった。
歌が終わると、イルーヴァタールはメルコールをはじめアイヌルにその身の丈を説いたが、これにメルコールは心中密かに怒りを懐いた。

アイヌルの音楽がアルダの歴史としてかれらの眼前に幻視されると、メルコールは他の誰よりもその場所に心を奪われ、アルダとそこに暮らすイルーヴァタールの子らエルフ人間)を思うがままに支配したいと望むようになる。
彼は本心を隠し、自らの不協和音から生じた酷寒と灼熱を統御するという口実を自分でも信じ込んで、エアに下向した最初のアイヌルの一人となった。

ヴァラールの反逆者

かれの心中に燃える悪意と鬱屈した気分のため、その形は暗く、恐ろしかった。そしてかれは、ほかのヴァラールの誰よりも強大な力と威厳を見せてアルダに降り立ったが、さながら、頭を雲の上に出し、氷を身にまとい、煙と火を頭上に戴き、海を渡る山のようであった。メルコールの目の光は、熱をもって萎らせ、死の如き冷たさで刺し貫く炎のようであった。*5

エアに下向したヴァラール達は、やがて生まれ来るイルーヴァタールの子らのために世界を築くという大事業に取り掛かる。しかしメルコールは世界は自分のものだと宣言して思いのままにそれを形作ろうとし、兄弟のマンウェを筆頭とした他のヴァラールと争った。やがてヴァラールがアルダの形を造り上げてそれに準じた姿を纏うと、メルコールもそれに応じて強大な姿を纏うようになる。

マンウェは自らの下にアイヌルを招集し、成されることすべてを自分の思う方向にねじ曲げようとするか、あるいは全く損ねてしまおうとするメルコールの妨害に対抗した。メルコールは熱と冷気によってウルモの領域を侵犯しようとするが、ウルモはマンウェと力を合わせてそれを退ける。また、アウレの仕事を妬んだメルコールはこれに絶えず損害を与えようとし、アウレはメルコールが加える傷を修復することに次第に消耗するようになった。

だがトゥルカスの到来によってメルコールはついに打ち負かされ、外なる暗闇に逃亡した。
これによってようやくアルダは形を成したが、メルコールの絶えざる妨害のためにヴァラールの当初の構想が完全に実現されることはなかった。

暗闇の支配者

かれは最初、光を強く欲したが、それを独占できないとなると、火と憤怒に身を焼き、熾烈に燃えさかって大暗黒の中に下っていった。*6

外なる暗闇に逃れたメルコールだが、彼はヴァラールに仕えるマイアールの中に多くの間者を持っていた。そのためメルコールは同胞が成し遂げたことを全て把握し、いよいよ憎悪を強くする。
ヴァラールがアルダを照らす二つの灯火イッルインオルマルを完成させ、アルマレンに宮居を築いてそこに住まうようになると、メルコールは夜の壁を越えてアルダに戻り、北方に鉄山脈の防壁とウトゥムノの地下城砦を築き上げた。(灯火の時代

メルコールの存在はアルダに影を落とし、その悪意は瘴気のようにヤヴァンナの被造物たる動植物(ケルヴァールオルヴァール)を汚染して、アルダの春を台無しにする。そのためヴァラールはメルコールの帰還に気づいたが、メルコールはヴァラールの機先を制して二つの灯火を強襲してこれを打ち倒した。灯火が倒壊した衝撃のためにアルダは大損害を被り、その混乱にまぎれてメルコールはマンウェの怒りとトゥルカスの追跡を免れてウトゥムノに逃げ帰る。

ヴァラールはアルダがこれ以上破壊されることを恐れ、大海を隔てた西方のアマンへ撤退。以後中つ国は非常に長い期間、ウトゥムノに君臨するメルコールの支配下に置かれることになった。

ウトゥムノの冥王

暗闇にはメルコールが住まい、さまざまな力と恐怖の形をとり、依然としてほしいままに出歩いていた。かれは、山々の頂から山々の下なる深い溶鉱炉に至るまで、冷気と火を支配した。何であれ、残酷なもの、暴力的なもの、死に至るものは、当時、すべてかれの管理のもとにあったのである。*7

ヴァラールアマンを照らす新たな光として二つの木を生み出したが、中つ国は星々の薄明の下にとどめおかれた。(二つの木の時代(星々の時代)
当時の中つ国北方は、地下にメルコールの火と召使達で満たされたウトゥムノが穿たれていたため、無残に荒れ果てていたといい、その力は絶えず南へと伸長していた。メルコールは周囲にバルログ達を集め、鉄山脈の西の外れにはヴァラールの攻撃に対する備えとしてアングバンドを築いてサウロンをその守りにあたらせる。そして変節させた悪霊や怪物達を放ち、アルダを侵食していった。

ヴァラオロメは、こういったメルコールの怪物を狩り立てる狩人であった。メルコールはしばしば中つ国に馬を進めてくるオロメを恐れ、その進行を妨げるために霧ふり山脈を隆起させた。
他のヴァラールも中つ国のことを見捨てたわけではなく、ヤヴァンナはメルコールの害から生類を守るためにかれらを眠らせ、ヴァルダはメルコールに対する挑戦の印として空にメネルマカルヴァラキルカといった星々を築いた。そしてヴァルダが仕事を終えた時、中つ国東方のクイヴィエーネン湖のほとりにエルフが誕生する。

警戒怠りないメルコールは、目覚めたエルフの存在を真っ先に察知したと言われている。そこでメルコールは暗闇と狩人の姿をした悪霊を送り込んでエルフを狩り立て、かれらの心に影を投じるとともに、オロメを恐れるように仕向けた。遠くまでさまよい出たエルフはしばしば二度と戻ってくることはなく、狩人に捕らわれたのだと信じられた。
後のエルダールの賢者達が推測したところによると、捕らわれたエルフ達はウトゥムノの地下牢に連れて行かれ、そこでメルコールの緩慢かつ残忍な術によって心身共に捻じ曲げられた。かくしておぞましいオーク族が作り出されたのだと考えられている。

オロメがエルフを発見したことにより、この行状はヴァラールの知るところとなり、ヴァラールはエルフを救い出すために力の戦いを起こした。
メルコールは中つ国北西部でヴァラールを迎え撃ったが打ち破られ、アングバンドは陥落、ウトゥムノは長く熾烈な包囲戦の末ついに落城して徹底的に破壊された。その地下抗は残らずむき出しにされ、最深部に逃れたメルコールは再びトゥルカスに打ち負かされると、アウレの鍛えたアンガイノールの鎖で縛られてアマンへと連行された。
敗れたメルコールはこれがエルフのために起こされた戦いであることを決して忘れなかった。

マンドスの囚人

「わたしもまたヴァラではないか。げにわれこそ、ヴァリマールの玉座に得意然と坐するかの者たちに勝る者であり、アルダの民の中で最も技にすぐれ、最も勇敢なるノルドール族のかわらぬ友であるのだぞ」*8

審判の輪に引き出されたメルコールは和睦を乞うたが聞き入れられず、マンドスの砦に三期*9の間投獄された。かくしてアマン中つ国はその間平和な時代を謳歌することができた。
三期の刑期が過ぎた後、再び引き出されたメルコールは許しを請うてアルダの傷を癒すことを誓い、ニエンナの口添えもあって釈放される。マンウェはこれでメルコールの悪は矯正されたと考えたが、彼は内心では妬みと憎しみをますます募らせていた。

メルコールは自身の敗北の原因になったエルフを憎み、アマンに住むエルダールの間に虚言を蒔いてヴァラールから引き離そうと腐心した。中でもノルドールがその標的となった。さらにノルドールの王子フェアノールが作り出したシルマリルをメルコールは激しく渇望するようになる。
不和を煽り立てられたフェアノールとその異母弟フィンゴルフィンは互いにいがみ合い、密かに武器を鍛えて蓄えるようになる。さらにノルドールは「ヴァラールは中つ国人間に与えるつもりで、エルダールをアマンに連れて来て閉じ込めているのだ」と不平を漏らすようになった。
こうしてヴァリノールの至福は汚され、二つの木の光は陰って影が長く伸びるようになる。

フェアノールが公衆の面前でフィンゴルフィンに剣を突きつけるに及んでついにヴァラールは調査に乗り出し、メルコールの悪意が明らかとなった。メルコールはヴァリノールから姿をくらまし、二つの木の光は再び明るく輝いた。しかしアマンの民の心中から不安が去ることはなかった。

光の簒奪者

さて、メルコールは、アヴァサールに来てかの女を探し出すと、かつてかれがウトゥムノの圧制者として見せていた姿を再びとった。丈高く、見るだに恐ろしい暗黒の王の姿である。その後かれは、ずっとこの姿をとったまま変わらなかった。*10

メルコールはアマンから逃走したと見せかけて、その近隣のアヴァサールに潜んでウンゴリアントを呼び出し、「協力するならお前の飢えを癒やすどんなものでも与える」と空約束をして協力を取り付けた。ヴァリノールの祝祭日に舞い戻ったメルコールは、テルペリオンラウレリン二つの木に黒い槍を突き立てて瀕死の傷を負わせ、その傷口からウンゴリアントが樹液をすすり毒を流し込むことで、二つの木を枯死させるに至る。こうしてアマンにはそれまでになかった恐るべき暗闇が招来された。
さらにメルコールとウンゴリアントはフォルメノスを襲撃してフィンウェを殺害、シルマリルを奪い取った。これを知ったフェアノールが彼をモルゴスと呼び、以後はその名で呼ばれるようになる。

モルゴスはウンゴリアントが紡ぎ出す暗闇に紛れてヴァラールの追跡をかわし、ヘルカラクセを渡って中つ国まで逃亡する。だがそこでウンゴリアントが報酬としてシルマリルを要求すると、シルマリルに魅了されていたモルゴスはこれを拒否、二人は仲違いを起こした。ウンゴリアントは網にかけてモルゴスを殺そうとしたが、モルゴスは恐ろしい叫び声を上げてアングバンドからバルログを呼び出し、ウンゴリアントを追い払った。(このため一帯は「大谺」を意味するランモスと呼ばれるようになる)

モルゴスはアングバンドに戻るとそこを再建・強化してサンゴロドリムの塔を積み上げ、昔日の召使たちを呼び集めると、そこに拠って再び中つ国の制圧を目論んだ。

アングバンドの制圧者

アングバンドでは、モルゴスが己のために巨大な鉄の冠を鍛え、自ら世界の王を称した。その印に、かれは王冠にシルマリルを填め込んだ。聖められたこれらの宝玉に触れたことで、かれの手は黒く焦げ、その後も黒い焦げ痕は消えず、火傷の苦痛からも、苦痛からくる怒りからも、ついに遁れることはできなかった。この鉄の冠は耐えがたいほど重かったが、かれは、絶対に頭上から取ろうとはしなかった。*11

第一紀宝玉戦争は、シルマリルを戴いてアングバンドに立て篭もるモルゴスに、復讐とシルマリル奪回のため中つ国に帰還してきたノルドール、モルゴスの圧制にあくまで抵抗しようとするシンダール、そしてモルゴスの暗闇を拒んだ人間であるエダイン達が挑んだ望みなき戦いである。

モルゴスはまずオークの大軍を築き上げると黒煙と共に送り出し、ベレリアンドを手中に収めようとした。だがこの大軍はドリアス魔法帯に拒まれ、あるいはシンダールドワーフに撃退され(ベレリアンド最初の合戦)、ついには中つ国に帰還したノルドールによって完全に壊滅させられた(第二の合戦)。
ノルドールがべレリアンドに領国を築く構えを見せると、モルゴスは彼らの力を試すため、突如としてオークの大軍を送り出したが、これも徹底的に撃退され殲滅されるに及び、オークだけではエルダールに抗し得ないことを思い知ることになった(第三の合戦)。
そこでモルゴスは間者を放ってエルダールの間に不和を広げると共に、アングバンドの地下で長い時間をかけての祖グラウルングを育て上げた。
モルゴスはアングバンドより突如として火の川を解き放ってアルド=ガレンドルソニオンを焼き払うと、グラウルングとバルログを先陣にしたオークの大軍勢を解き放ち、アングバンドの包囲を打ち破る。この時のモルゴスの勝利は大きく、以後べレリアンドでは戦いが絶えることがなかった(第四の合戦)。
モルゴスを敵とする者達の勢いはマエズロスの連合が提唱されるまで盛り返すことはなく、それすらモルゴスは虚言と不和のたくらみを用いて打ち砕き、べレリアンドの全土を事実上制圧するに至った(第五の合戦)。

モルゴスの権勢は大きく、アングバンドは難攻不落で、その悪意のたくらみによってエルダールエダインは一つ、また一つと滅ぼされていった。

堕ちたヴァラ

とはいえ、ヴァラールの一員としてのかれの威光は久しく痕を留め、畏怖というより恐怖すべき対象になり果てたのであるが、かれの面前では、最も力ある者以外には、黒々とした恐怖の穴に落ち込まない者はなかったのである。*12

モルゴスは元々は強大な力を持つヴァラであったが、その力をアルダを侵食し他者を支配することに費やしたため、次第に持てる力を失って弱体化していった。
憎悪の虜となった彼は、自らの悪意を怪物や虚言の形で外へ送り出すことで勢力を構築した。こうしてモルゴスは恐るべき支配力を持つ暴君となったが、それとともに彼の力は分散して彼自身は小さくなり、アイヌルとしての霊性を失って肉体に縛られるようになった。

ヴァラールが空に放った太陽の光は、モルゴスにとって大きな脅威であった。
モルゴスは一度影の精を差し向けて月を運ぶティリオンを襲撃したことがあったが撃退され、太陽を運ぶアリエンに対してはもはや為す術を知らなかった。そのためモルゴスは暗闇と噴煙で自分の居所と召使達を光から覆い隠した。オークトロルが太陽の光を忌み、その下で力を失うのはそのためである。

モルゴスが宝玉戦争で自ら戦ったのもただの一度に過ぎない。フィンゴルフィンとの一騎打ちにおいて、モルゴスはグロンドを振るってフィンゴルフィンを打ち倒したが、モルゴス自身もフィンゴルフィンの振るうリンギルの剣で七つの傷を負い、その苦悶のたびにモルゴスの全軍勢は動揺した。フィンゴルフィンは今際の際にモルゴスの左足に斬り付け、また王の亡骸を救出しに飛来したソロンドールはその顔に傷跡を残した。
この時受けたモルゴスの傷の痛みは以後癒えることがなく、ずっと左足を引きずって歩くようになったという。

人間を呪う者

「汝は人間の王に非ず、またそうなること能わず。アルダメネルすべてが、汝の軍門に下ることがあろうともな。あくまでも汝を拒んだ者たちを、世界の圏外にまで追うことかなうまじと。」
「世界の圏外にまで追うことはせぬ。」とモルゴスは言った。「世界の圏外には虚無しかないからだ。だがこの世界にあってはわしから逃れることはかなわぬぞ。」*13

太陽が初めて空に昇った時、中つ国の東方ヒルドーリエン人間族が目覚めた。このことも直ちに察知したモルゴスは、アングバンドの指揮をサウロンにまかせて自ら密かに人間たちの許に赴き、かれらを誘惑したと言われている。
それゆえ、人間はその歴史のはじめからモルゴスの投じた暗闇と虚言に付きまとわれている。モルゴスは人間に贈られた死すべき運命を暗闇と混同させ、人間が死を恐れるように仕向けた。

モルゴスの暗闇を拒み、そこから逃れようと西方を目指した人間の一派がエダインである。人間の中で、かれらのみが公然とモルゴスを敵として戦うことを選んだが、そのかれらと言えどもモルゴスの暗闇から完全に自由ではなかった。
一方、東夷ウルファングの一族はモルゴスの言葉に耳を傾け、ニルナエス・アルノエディアドにおいて同胞とエルダールを裏切ってモルゴスに勝利をもたらした。

そうした中でも、エダインの勇者フーリンだけは、モルゴスを眼前にしても屈することはなかった。そのためモルゴスは彼を呪い、彼と彼の一族に非業の運命を生ぜせしめた(ナルン・イ・ヒーン・フーリン)。

光を失った者

かの女は、かれの目の前に黒髪のマントを投げかけ、夢を注ぎかけた。かつてかれが独り歩いた外なる空虚のように暗い夢である。突然かれは、丘が山崩れを起こすようにくずおれたかと思うと、雷のように玉座からもんどり落ちて、地獄の床にうつ伏した。鉄の冠が音立てて転げ落ちたあとは、すべてが音もなく静まりかえった。*14

三つのシルマリルは依然としてモルゴスの鉄の冠に嵌っており、アングバンドは不落であったが、その守りが一度だけ破られる事態が起こる。

シルマリル奪回の誓いを立てたベレンルーシエンが、幾多の困難を潜り抜けてアングバンドの最奥にあるモルゴスの玉座にまで到達し、ルーシエンが眠りの魔法でモルゴスと召使達を眠らせている間にベレンが鉄の王冠に嵌ったシルマリルの一つをこじり取ったのであった。このことはレイシアンに歌われている。
目覚めて事態に気づいたモルゴスは激怒し、サンゴロドリムを噴火させたが、ベレンとルーシエンはその魔の手を逃れ、ついにはモルゴスの手の届かないところに去っていった。

かくしてシルマリルの一つが自由の民の手に戻った。
このシルマリルを受け継ぎ、ついにはその輝きを永遠に空に掲げることになったのが、明星として知られるエアレンディルである。

没落

かれの増上慢は今や止まるところを知らず、かれに公然たる戦いを仕掛けてくる者はあるまいと高を括っていたのである。 … 憐れみの心を持たぬ者には、憐れみの行為は常に未知なる、推測不可能なことなのである。*15

モルゴスは堕ちたとはいえヴァラであり、アルダの中にあっては何人も彼を完全に打ち負かすことはできない。

やがてベレリアンドの全王国は滅び、エルダールエダインはわずかにシリオンの河口バラール島に持ちこたえるのみとなった。モルゴスはもはや勝利を疑っていなかったが、そのシリオンの河口より船出したエアレンディルが、ベレンルーシエンに奪い返された一個のシルマリルを掲げてヴァリノール隠しを突破してアマンに到達し、ヴァラールに助力を懇願する。
ヴァラールは嘆願を聞き入れ、エオンウェを総大将とするヴァリノールの軍勢が中つ国に進軍してきた。この怒りの戦いにおいて、モルゴスの築き上げた膨大な戦力はまたたく間に滅ぼされ、最後の切り札であるアンカラゴンら翼ある龍たちも、ヴィンギロトに乗ったエアレンディルとソロンドール率いる大鳥たちによって倒され、サンゴロドリムはアンカラゴンの下敷きとなって毀れた。アングバンドは徹底的に破壊され、その奥底に逃れたモルゴスは再び捕らえられた。

モルゴスは両足を切断されると再びアンガイノールの鎖で縛り上げられ、鉄の王冠から作られた首輪をはめられた。彼はヴァラールによってこの世の外なる虚空に投げ出されて、ヴィンギロトで天空を航行するエアレンディル明星)がその見張りに立った。
こうしてモルゴスは打ち破られ、その没落がもたらされた。

アルダを覆う影

「それでも後世に生じるかもしれぬ災いはほかにいくらもあろう。なぜならサウロン自身、一個の召使、あるいは使者にすぎぬからじゃ。」*16

虚空に追放されたモルゴスは、ヴァラールが玉座にある限り、現存する目に見える姿では二度とアルダに戻ってくることはない。しかしモルゴスの投じた暗闇はいまだにアルダを覆っており、モルゴスの蒔いた悪の種子は中つ国に残り続けていつまでも果実をつけ、彼の意志は依然として召使達を支配している。
バルログオークといった堕落した怪物たちは一部が生き残り、後世に禍根を残した。ヌーメノール人の堕落も、大海を渡ってきたモルゴスの影に端を発すると言われている。サウロンは第二の冥王となり、モルゴスの所業を引き継いだ。

世界の終末における最終戦争ダゴール・ダゴラスにおいてモルゴスはアルダに帰還すると言われている。

画像

ジョン・ハウ作画による二つの木を枯らすモルゴスとウンゴリアント ジョン・ハウ作画によるフィンゴルフィンと戦うモルゴス

Include/アイヌル

コメント

最新の6件を表示しています。 コメントページを参照

  • どうせ漫画ネタ出すならもう少し捻ろうぜ安直すぎて乗りにくい。 -- 2023-01-19 (木) 21:45:22
  • 第三期でもアングバンドの痕跡が見つかったりすると思いますか? -- 2023-02-23 (木) 10:59:05
    • べレリアンドが水没してるので痕跡は無理でしょう。 -- 2023-02-23 (木) 11:39:49
    • 太陽の今期でこの世ほろぶなら、最近マントルプリューム活動さかんなアイスランドあたりの地底深くを掘ると出るかも。 -- 2023-03-14 (火) 23:19:42
  • 誰よりも力があった奴なのに誰よりもアホっていうのが愛すべきポイント -- 2023-07-26 (水) 03:51:03
    • お前はよくもわしを嘲弄し、アルダの運命の主たるメルコォルの知能を疑ったな。故に、考える時にはわしの頭で考え、聞くときにはわしの耳で聞くようにさせてやるぞ。 -- 2023-07-26 (水) 08:14:09
  • こいつ太陽の前の二つの木と二つの灯火もぶっ壊してたんか -- 2023-09-30 (土) 00:23:27
  • 全盛期のメルコールは他のヴァラール全てが結集しても相手にならないぐらいの強さだったらしいが、自分の目的の邪魔になるならヴァラールの一人や二人ぐらいは殺せそうなものだかな。結集されたらさすがに無理だとしても、一人ずつなら各個撃破できるはずなのにね。結局は、力がありすぎて、アイヌアの中ではだれよりもアホだったわけだが。メルコールがサウロン並みに賢ければ、大願成就はできそうではある。 -- 2023-10-06 (金) 22:00:14
    • アイヌアは不滅の霊魂の持ち主なのでどうやっても殺すことはできません。ヴァラールだってモルゴスを鎖に繋いで牢に閉じ込めることはできても、処刑は出来なかったでしょ?
      アルダへの影響力に固執して霊的に堕落したモルゴスや悪霊たちだからこそ、その受肉した肉体を傷つけることでその影響力を挫き、無力化することができるのです。モルゴスやサウロンを最終的に排除できたのは、彼らが堕落していたからで、堕落していないヴァラールは同じ方法では排除できない。 -- 2023-10-06 (金) 22:40:13
      • しかし、ダゴール・ダゴラスでは、トゥーリンがモルゴスにとどめを刺すって伝えられていますけど・・・。 -- 2023-12-27 (水) 18:50:58
        • それはグアサングが「大なるも小なるも、ひとたびこの剣に噛まれて生きていられる者は誰もいない」という剣だからだと思われます。 -- 2023-12-27 (水) 23:27:31
        • 肉体にとどめを刺し回復不能なまでに無力化させるということでは。 -- 2023-12-28 (木) 21:09:49
        • 『堕落して肉的、物質なものに固執したアイヌアだから排除できた=そうなっていないヴァラールを殺したり排除する事はできない』というのと『ダゴール・ダゴラスでは、トゥーリンがモルゴスにとどめを刺す』というのは別に矛盾していないと思うが。
          物質に執着して堕落したモルゴスだから、物質であるグアサングによって討たれるってことでしょ。両者はモルゴスの『接近』によって近しいものとなっているから。 -- 2024-02-16 (金) 21:33:36
  • この世の終わりまでは善人も悪人も末路が一応未確定になってる状態で魂は残ってるけど
    最後の審判の日が来たら救われる人救われない人が確定して救われる人だけが永遠の命を楽しむっていう
    キリスト教的世界観なんでしょう -- 2024-02-28 (水) 00:34:38
    • なのだが、公式系でも良く云われるように、人間の魂に限っては死後マンドスの館を出て、アルダの運命共同体から解放される設定との矛盾点が残ってしまうな。 -- 2024-02-28 (水) 21:01:55
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