ゴンドール

概要

カテゴリー地名
スペルGondor
その他の呼び名南方王国(South Kingdom, Southern Realm, Kingdom of the South)
ストニングランド(Stoningland)*1
石の家(Stone-houses)*2

解説

シンダール語で「石の国(Land of Stone)」の意。
第二紀3320年にヌーメノールの漂流者達(忠実なる者)によって築かれた亡国の民の王国のうち、イシルドゥアアナーリオンの兄弟が建国した南方王国を指す(北方王国はアルノール)。白の木を国の象徴とする。
首都は初めはオスギリアスだったが、戦乱や疫病によって荒廃したため、第三紀1640年にミナス・ティリスへ遷都された。

一時はかつてのヌーメノールを思わせるほど国力を増大させ、各地に壮麗な砦や建造物を残したが、内乱や相次ぐ敵国との戦争によって次第に衰微し、第三紀2050年に王統が途絶えてからは執政の統治する国となった。
ゴンドールは隣接するモルドールの脅威にさらされながらもそれに抗して戦い、その力が公然と大河アンドゥインの西に及ぶことを防ぐ役割を果たしていた。

ゴンドール人

ゴンドール人の項目を参照。

ゴンドールの領土

エシア・アンドゥインの河口からネン・ヒソイルにあるアルゴナスの門にいたるまでの大河アンドゥイン流域アノリアンイシリアン。および、ベルファラス湾の沿岸地域、白の山脈(エレド・ニムライス)の南北に広がる一帯を主な領土とする(白の山脈北方のカレナルゾンは、後にローハンに割譲された)。
特にヒャルメンダキル一世第三紀1015~1149年)の時代にゴンドールの国威は絶頂に達し、かつてのヌーメノールを思わせるほどに栄え、最も広大な版図を誇った。だが戦乱や疫病により、次第にその国土は縮小していく。

ヒャルメンダキル一世の版図
追補編』によると、ヒャルメンダキル一世の時代の版図は「北はケレブラント闇の森の南辺に、西は灰色川、東は内陸海リューン、南はハルネン川、そしてそこからさらに海岸沿いにウンバールの半島と港にまで達していた。」とされる。
だが『終わらざりし物語』収録「ガラドリエルとケレボルンの歴史」の補遺「ローリエンの国境」によると、「北はケレブラントと闇の森の南辺」は「ケレブラントの野と闇の森の南辺」の間違いである。正確には、アンドゥインの西側におけるゴンドールの北の国境は白光川であり、ケレブラントの野はロスローリエンの領土とみなされていた。だがガラズリムは森の外には一人も住まず、アンドゥインの浅地では渡河が可能だったため、後にゴンドール人は白光川上流に橋を架け、ケレブラントの野をしばしば占拠して東の防衛線の一部としていた。
「西は灰色川」に関しても、『終わらざりし物語』の記述でははっきりとしない。「ガラドリエルとケレボルンの歴史」の補遺「ロンド・ダイアの港」によると、灰色川アイゼン川に挟まれたエネドワイス南北両王国のどちらにも属さず、ヌーメノール人の子孫が永続的に定住することもなかったとされる。だが「アイゼンの浅瀬の合戦」の補遺では、同じくゴンドールの西の国境はアイゼン川であり、エネドワイスにヌーメノール人はほとんど行かず、誰も住み着かなかったとされる一方、その直後に(エネドワイスは)諸王の時代にはゴンドールの一部だったと述べられている。*3

第三紀2510年に執政キリオンによってカレナルゾンエオセオドの君主エオルに割譲され、ローハンとして独立した。
指輪戦争の時代にはイシリアンハロンドールをも含めたアンドゥイン東岸の領土は全て失われ、ウンバールハラド海賊に奪われていたが、オスギリアスカイア・アンドロスは確保し、アンドゥインの通行権そのものはかろうじて保持していた。

登場する地名

アノリアン
イシリアン
アンドゥインの谷間
カレナルゾン
(後にローハンとして独立)
辺境の諸侯国
ベルファラス湾沿岸
ハロンドール
第三紀中頃以降、領有権係争地)
ウンバール
(第三紀中頃に喪失)

ゴンドールの歴史

ゴンドール建国

第二紀3320年、ヌーメノールの没落を逃れたイシルドゥアアナーリオンの兄弟はそれぞれが指揮する三隻と二隻の船とともに、大河アンドゥインの河口付近に打ち上げられた。二人はペラルギアに植民していた忠実なる者達の援助を得てアンドゥインを遡り、ゴンドールを建国した。そして同国の首都としてアンドゥインの下流域にオスギリアスが築かれた。
一方、二人の父エレンディルは北方のエリアドールアルノールを建国した。ゴンドールとアルノールは共に亡国の民の王国として、アルノールのエレンディルをその上級王と見なしていた。当時のゴンドールは、南北両王国の主権を持つ上級王エレンディルが二人の息子イシルドゥアとアナーリオンに南方王国の統治を委ねた共同統治とみなされた。オスギリアスの大宮殿にはイシルドゥアとアナーリオンの玉座が隣り合って置かれていた。

オスギリアスの東にはイシルドゥアの居城のミナス・イシルが、西にはアナーリオンの居城のミナス・アノールが築かれ、イシルドゥアはニムロスの苗木をミナス・イシルの庭に植えた(白の木)。
アルノールとゴンドールは七つのパランティーアを分け合って連絡を取り合い、ゴンドールにはその内の四つが保持された。また、イシルドゥアはエレヒ黒い石を据え、山々の人間達を同盟者に引き入れた(しかし後に彼らはイシルドゥアを裏切り、呪いを受けることとなった)。

最後の同盟と兄弟の死

第二紀3429年、モルドールの軍勢がミナス・イシルを強襲して白の木を焼き、サウロンとの戦争が始まった。この時再び噴火したオロドルインを目にしたゴンドール人は、それをアモン・アマルスすなわち「滅びの山」と呼んだ。
アナーリオンがモルドールの攻撃を食い止める一方、イシルドゥアは海路でアルノールの父エレンディルの許に赴き、急を知らせる。翌年、エレンディルとギル=ガラドとの間で最後の同盟が結ばれた。
人間エルフの同盟軍は3434年のダゴルラドの戦いで勝利を収め、その後7年にわたってバラド=ドゥーアを包囲攻撃する。包囲戦は熾烈を究め、その最中アナーリオンが投石を受けて死んだ。
3441年に滅びの山の麓で行われた最後の戦いにおいて、サウロンはエレンディルとギル=ガラドと相打ちになって斃され、戦いは同盟軍の勝利に終わった。イシルドゥアは父の折れたる剣ナルシルの柄元でサウロンの手から一つの指輪を奪い取った。

第三紀2年、ミナス・アノール白の木を移植したイシルドゥアは、ゴンドールの統治を弟の子メネルディルに任せ、自身はアルノールの王位を継ぐために北方へ旅立つ。だがその途上、イシルドゥアはあやめ野オークの残党に襲われて行方不明となった。

以後、ゴンドールはメネルディルの子孫が代々の王位を継承していくこととなる(アナーリオン朝)。
また無人となったモルドールとの国境には監視のための砦がいくつも築かれ、悪しき者たちが再び戻ってこないよう見張りが立てられた。

ゴンドールの繁栄と影

第三紀のはじめ、ゴンドールは次第にその国威を伸長させる。
490年から500年にかけてゴンドールははじめて東夷の侵入を受けたが、第8代の王タロスタールはこれを打ち破ってアンドゥイン以東の領土を獲得し、「東の勝者」を意味するローメンダキルを名乗る。さらに第12代の王タランノン・ファラストゥアから続く船艦王の系列は、強大な海軍力を築き上げてベルファラス湾沿岸に勢力を広げ、黒きヌーメノール人ハラドリムの手からウンバールを奪取。第15代キアヤヘアは1050年に海陸両面から南下してハラドの王たちを完全に打ち負かし、「南の勝者」を意味するヒャルメンダキルを名乗る。

1015~1149年のヒャルメンダキル一世(キアヤヘア)の治世にゴンドールは最大版図となり、北はケレブラントの野闇の森の南辺、西はアイゼン川(あるいは灰色川)、東はリューンの湖、南はハルネン川に至るまでと海沿いのウンバールの半島と港を支配して、かつてのヌーメノールを思わせるほどの繁栄を誇った。

だがこの絶頂期に彼の息子アタナタール二世とその息子ナルマキル一世カルマキルは国力の維持を怠り、次第にゴンドールの衰退が始まる。王家にも衰微のきざしが現われはじめており、かれらは結婚が遅く、生まれる子も少なくなっていった。

北国人との同盟とゴンドールの内乱

ゴンドールは古くからロヴァニオン北国人と同盟を結び、北国人は東方からの侵入者を防ぐ防壁の役割を果たしていた。
東夷を退けて再び東方の領土を回復した摂政ミナルカール(後の19代目の王ローメンダキル二世)は同盟を強化するため、息子のヴァラカールを北国人の習俗を学ばせるためかれらの許に大使として送り出した。しかしヴァラカールは父の意図を上回り、北国人の王ヴィドゥガヴィアの娘ヴィドゥマヴィを妻とする。
ゴンドール国内に登用されていた北国人への敵意と、ゴンドール王家の長寿と尊厳が異邦の並の人間の血と混ざることで失われることを恐れたゴンドール人の一部は、ヴァラカールの存命中より各地で反乱を起こし、ヴァラカールの死後その息子エルダカールが戴冠するに及び、同族の争いと呼ばれる内乱へと発展する。

1437年に、叛徒の最有力者である海軍総指揮官カスタミアはエルダカールを追い落として王位を簒奪。この時の戦禍によってオスギリアスは廃墟と化し、星辰殿パランティーアが失われる。エルダカールはロヴァニオンの母方の同族の許に逃げ延び、北国人とカスタミアを憎むドゥーネダインを糾合して、1447年のエルイの渡しの合戦によってカスタミアを討ち取って復位した。
しかしカスタミアの子孫は逃れてウンバールを占拠し、1810年に第28代王テルメフタール・ウンバールダキルによって滅ぼされるまで南海上の大きな脅威となった。このため、ゴンドールの海軍力と南方における影響力は大きく低下する。

この内乱によって国力は疲弊し、ドゥーネダインの貴人の血が数多く流された。そのため、ゴンドール王家は今後ますます並の人間との混血の度を深めていくことになる。

モルドールの放置と馬車族の侵入

1636年に広がった悪疫はゴンドールにも死者多数を出し、そのためモルドールの警備はなおざりにされ、砦は無人のまま放置されるようになった。第27代のタロンドールの時代に、戦禍と疫病によって廃墟と化したオスギリアスは打ち捨てられ、王宮はミナス・アノールに移される。そのため、モルドールへのナズグールの帰還を許すこととなった。
さらに悪疫は同盟者であった北国人の勢力をも大きく減退させた。

そのため1851年から1944年にかけて東方から馬車族の大軍勢が襲来すると、ゴンドールはこれを退けることができなかった。
馬車族はロヴァニオンを占拠してその地に残っていた北国人を追い散らすか奴隷とし、1865年には第29代ゴンドール王ナルマキル二世が討死する。1899年に第30代カリメフタールは北国人の残党と呼応して馬車族を一時退けることに成功したが、1944年に馬車族は勢力を増して再来しゴンドールを南北から迎撃、第31代オンドヘアと二人の息子が相次いで戦死するなど、ゴンドールは存亡の危機に瀕した。しかし将軍エアルニル二世は南北の敵を撃破し、馬車族を完全に打ち破ってゴンドールを救う。

勝利を収めたものの、この100年にわたる戦いによって国力の衰退は決定的となり、ゴンドールは東方の領土をほぼ失った。

アルセダインとの同盟と、王統の途絶

ドゥーネダインに敵意を抱く一つの意志が様々な手段で攻撃を行っていることに気づいたゴンドールとアルセダインは、1940年にこれに対処するため再び連携を持つことを確認し、アルセダイン王アラファントの息子アルヴェドゥイはゴンドール王オンドヘアの娘フィーリエルを妻に娶る。しかし、馬車族がゴンドールを、アングマールがアルセダインをそれぞれ同時に攻撃したため、どちらも相手を救援することができなかった。

ゴンドール王オンドヘアの死後、アルヴェドゥイは自身がイシルドゥアの直系の子孫であることと、フィーリエルとの結婚を理由に、ゴンドールの王位を要求するが、時の執政ペレンドゥアゴンドール人はこれを拒否。代わりに、馬車族を打ち破った功があり、ゴンドール王家の血を引くエアルニル二世が第32代の王として即位した。
しかしエアルニル二世はアルセダインとの同盟を忘れず、1975年のアルセダインとアングマールとの最後の戦いとなるフォルンオストの合戦に息子のエアルヌアを大将とした援軍を派遣した。アルセダイン滅亡を防ぐことはできなかったものの、この戦いでアングマールも滅亡し、魔王は北方から姿を消す。

しかし2000年、魔王はモルドールにてナズグールを召集すると、ミナス・イシルを包囲攻撃して2002年にこれを奪取。このため都はミナス・モルグルと呼ばれるようになり、イシルのパランティーアも敵の手に奪われる。この時、ミナス・アノールは「守護の塔」を意味するミナス・ティリスへと改称された。
さらに2043年と2050年に魔王はエアルヌアを挑発して一騎打ちを挑む。2043年には時の執政マルディルに制止されたエアルヌアだが、2050年には単身ミナス・モルグルへ向かって、二度と帰らなかった。

最後の王エアルヌアには子がおらず、もはや王位を主張しうるだけの有力者も残っていなかった。そのためゴンドール人は王位を巡る内乱が再発することを恐れ、王の選出を断念。
以来ゴンドールは、王座が空位のまま「王還りますまで」、世襲制の執政によって代々統治される国となった。(デネソール二世は、ゴンドール統治の実権を持つ指輪戦争時の執政で、ボロミア及びファラミアはその息子である。詳細は執政の項目を参照)

カレナルゾンの割譲とローハンとの同盟

執政の統治の初期は警戒的平和の時代にあたり、比較的平穏に過ぎたが、2460年に死人占い師ドル・グルドゥアに戻ったことでそれも終わる。

第12代の執政キリオンの時代にゴンドールは、ドル・グルドゥアの影響下にあった東夷の一派バルホス族に攻撃される。
守りに窮したキリオンは、かつての同盟者北国人の末裔であるエオセオドの君主エオルに救援を求め、エオルは自国の兵力のほとんどを連れて長征し、ケレブラントの野の戦いにおいてゴンドールの危機を救った。
キリオンはその働きに対する謝礼と、北方の守りを強化することを兼ねて、人口希薄となっていたカレナルゾンの地をエオルの民に割譲することを提案。エオルはこの謝礼を受け、エオセオドはカレナルゾンに移住し新たな国を築く。ゴンドール人はかれらを「馬の司」を意味するロヒアリムと呼び、かれらの国となったカレナルゾンを「馬の司の国」を意味するローハンと呼ぶようになる。

以後ゴンドールとローハンは強固な同盟関係で結ばれ、互いの存亡の危機には必ず救援の手を差し伸べることを誓い合った(エオルの誓い)。
第19代ベレンの時代にゴンドールの沿岸地方は海賊の大艦隊に侵略されたが、ベレンの息子ベレゴンドは敵を一掃すると、褐色人に国土を奪われようとしていたローハンに援軍を送ってかれらを救った(大侵略)。
第23代トゥーリン二世の時代にはハラドリムとの間でハロンドールの領有が争われたが、この戦いにローハンのフォルクウィネは二人の息子を派遣してベレゴンドの救援に報いた。
両国の同盟は指輪戦争を経て第四紀に至っても続いた。

モルドールの脅威とサウロンの帰還

警戒的平和が終わるとゴンドールは東夷ハラドリムの攻撃ばかりでなく、モルドールオークの脅威にも悩まされるようになる。

モルドールのウルク族は第11代の執政デネソール一世の時代に初めて現れ、2475年のウルクとの戦いでオスギリアスは完全な廃墟と化した。第23代トゥーリン二世の時代はモルドールの脅威が増大した時期にもあたり、2901年にイシリアンはほとんどオークの手に落ちた。そのためトゥーリン二世は抵抗の拠点としてヘンネス・アンヌーンをはじめとした無数の隠れ処を建設し、またカイア・アンドロスを強化してアンドゥインの防衛にあたった。

2951年、サウロンは公然と名乗りを上げてモルドールに勢力を集結させる。滅びの山は再び噴火し、それまでゴンドールを攻撃してきたオーク東夷ハラドリムといった敵たちはサウロンの名の下に公然と協働するようになった。

指輪戦争王の帰還

(編集中です。協力をお願いします)

ゴンドール歴代の王

名前在位
初代エレンディル第二紀3320~3441 (121年間)
2代イシルドゥアと)アナーリオン第二紀3320~3440 (120年間)
3代メネルディル第三紀2~158 (156年間)
4代ケメンドゥア158~238 (80年間)
5代エアレンディル238~324 (86年間)
6代アナルディル324~411 (87年間)
7代オストヘア411~492 (81年間)
8代ローメンダキル一世(タロスタール)492~541 (49年間)
9代トゥランバール541~667 (126年間)
10代アタナタール一世667~748 (81年間)
11代シリオンディル748~830 (82年間)
12代(初代船艦王タランノン・ファラストゥア830~913 (83年間)
13代(2代目船艦王)エアルニル一世913~936 (23年間)
14代(3代目船艦王)キアヤンディル936~1015 (79年間)
15代(4代目船艦王)ヒャルメンダキル一世(キアヤヘア)1015~1149 (134年間)
16代アタナタール二世栄誉王アルカリン1149~1226 (77年間)
17代ナルマキル一世1226~1294 (68年間)
18代カルマキル1294~1304 (10年間)
19代ローメンダキル二世1304~1366 (62年間)
20代ヴァラカール1366~1432 (66年間)
21代エルダカール1432~1437 (5年間)
22代(簒奪)簒奪者カスタミア1437~1447 (10年間)
21代(復位)エルダカール1447~1490 (43年間)
23代アルダミア1490~1540 (50年間)
24代ヒャルメンダキル二世(ヴィンヤリオン)1540~1621 (81年間)
25代ミナルディル1621~1634 (13年間)
26代テレムナール1634~1636 (2年間)
27代タロンドール1636~1798 (162年間)
28代テルメフタール・ウンバールダキル1798~1850 (52年間)
29代ナルマキル二世1850~1856 (6年間)
30代カリメフタール1856~1936 (80年間)
31代オンドヘア1936~1944 (8年間)
32代エアルニル二世1945~2043 (98年間)
33代エアルヌア2043~2050 (7年間)

エアルヌア以降は執政によって統治される。

コメント

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  • 血筋正しき善人が善政を敷く・・・文句のつけようはない。 しかし、史上善政を敷いた人ってのは知恵が回り、その知恵は悪徳に染まらぬまでもその思考形態まで知り尽くしてるんで、一般的な意味では善人と思えないのが普通。 育ちの良い人が善人の評判のまま善政を敷けるのは、陰謀の心配がない文化なんだろうか。 -- 2017-06-02 (金) 16:27:18
  • 滅び去った古帝国の末裔というのが東ローマを彷彿とさせますね。モルドールの位置もオスマントルコの様でトールキン氏は多少なりとも意識したのでしょうか? -- 2017-07-28 (金) 02:13:18
    • モルドール=オスマン帝国 ゴンドールはモルドールを手に入れたら割と一時期の東ローマ帝国(イタリア半島 バルカン半島 アナトリア)に範囲が似てる -- 2019-09-08 (日) 17:06:54
  • ふと思ったのはゴンドール以外もそうですが現実世界のような神職に携わる者は第三期の中つ国にはいないのでしょうか・・・?歌が物語るようにエルフだけでは無く人間にもヴァラールに対しての敬愛の心があるのはなんとなく感じます。ですが祭祀を取りまとめる階級や例えばカトリックでいう教会のような神官達の、あるいは伝道の為の互助組織が存在していないのは中世世界のファンタジーにしては若干不思議な気がします。 -- 2018-05-09 (水) 00:56:33
  • アラゴルンの代まで北方の野伏がゴンドール王位を要求しなかった理由は、作中に書かれてました? -- 2018-07-11 (水) 21:20:48
    • 明記はされていません。ただ一度拒否されたので、受け入れられる時節を待っていたのだろうと読み取ることはできます。 -- 2018-07-11 (水) 23:11:13
  • 現状の記事ではゴンドール王の内、イシルドゥアとアナーリオンが「第2代」とされていますが、違うのではないかと思います。これはエレンディルとイシルドゥア・アナーリオンが父と息子達からなる「共同統治」として同立初代であって、メネルディルが(上に三人いるため)第四代目と数える、というのが追補編の記述が意味していることではないかと思うのですが。イシルドゥアとアナーリオンは建国者であるのに2代目に数えるという解釈はおかしいと思います。 -- 2018-09-16 (日) 23:00:18
    • メネルディルは三代目です。メネルディルが四代目ならオストヘアは八代目になってしまいます。 -- 2018-09-17 (月) 00:29:24
    • 失礼、間違えました。エレンディルと、イシルドゥア・アナーリオンを二人で一枠として、親子で同率初代、メネルディルを三代目と数える、ということではないかと思います。いずれにせよイシルドゥアとアナーリオンを二代目に数えるのはおかしいかと。 -- 2018-09-17 (月) 00:51:21
      • 追補編のゴンドール王の一覧は冒頭は「 Elendil, (Isildur and) Anárion †S.A. 3440, Meneldil son of Anárion 158, 」となっているのでイシルドゥアは括弧付きですが、イシルドゥアとアナーリオンが二代目です。 -- 2018-09-17 (月) 01:04:33
      • そこでは代数は書かれていません。平文なのですから三者の名前を書こうとすれば必然的にその並びになるでしょう。エレンディルの後にイシルドゥア・アナーリオンが書かれているからといってそれが二代目を意味しているとは断定できないと思います。建国者を二代目と解するのはいかにも不合理です。 -- 2018-09-17 (月) 01:10:19
      • 追記ですが「Elendil, (Isildur and) Anárion」でワンセットとも読めます(3つ以上のものを並列した時、andが最後のものの前につく) -- 2018-09-17 (月) 01:14:44
      • The Heirs of Elendilのゴンドール王の一覧では「1 Elendil 2 Anárion 3 Meneldil 4 Kemendur」と続きます。 -- 2018-09-17 (月) 01:17:21
      • ↑それは草稿です。なぜ草稿にあった代数が出版された追補編では抜け落ちているのかは考慮に値するかと。 -- 2018-09-17 (月) 01:19:12
    • あるいは参考として国外の意見だと、The Encyclopedia of ArdaおよびTolkien Gatewayはともに、初代はエレンディルおよびイシルドゥア・アナーリオンの父子、二代目が父の跡を継いだイシルドゥア、としています。いずれも兄弟を二代目には数えていません。 -- 2018-09-17 (月) 01:06:11
  • Wikipediaの中つ国の地理にゴンドールがイタリア〜ギリシャ(アナトリア)となってるんですが 具体的な範囲が分かる人います?モルドールとの国境がどの辺りとか -- 2019-09-08 (日) 00:08:05
    • すいません ギリシアはアナトリアではなくバルカン半島でした 2つの半島を跨ぐ感じですかね -- 2019-09-08 (日) 08:05:35
  • 指輪戦争の後はどうなったんでしょうね というかアラゴルンの後 -- 2019-09-08 (日) 16:15:18
  • ハラドリムにも東夷にもモルドールと敵対する勢力はあっただろうに、どうにかしてそれらと連携する方法は無かったのだろうか -- 2019-09-09 (月) 15:08:14
    • 敵の敵は味方、となればいいけど多分そういう反モルドール勢力も傲りたかぶっていたヌメノールには煮え湯を飲まされていた可能性が高いから、その後継者であるゴンドールにも良い感情をもっていなかった...とかなのかも。 -- 2019-09-09 (月) 15:15:38
      • サウロンの息が掛かってるならともかく、3000年とか5000年も前の因縁を気にするのもどうかと思うけどね・・・ドゥネダインよりも寿命短いし世代交代も早いんだから -- 2019-09-16 (月) 15:47:01
      • ゴンドールもゴンドールで、そういう遠交近攻みたいな戦略って苦手そうですからねえ。国の歴史を見ても優雅さや堅牢さは感じられても柔軟さが薄いんですよね。ローハンに対する処置とか特例中の特例でしょう。東ローマ(ビザンツ)をモデルにはしていても、精神的には正反対ですね。 -- 2019-09-17 (火) 08:16:11
      • 外交や計略による解決を模索したビザンツではボロミアのような自由の国の守護者たる戦士としての自尊心などは少なかったかもしれませんね -- 2019-09-17 (火) 17:03:42
      • ボロミアがビザンツに産まれたら確実に反乱起こしてるだろうね。んで帝位について、実積出せず元々の不平分子と市民の不満を前に、宮廷謀略であっけなく亡くなりそう。まあでも、「敵に敵を討たせる」って国家の延命策としては最適解もいいとこだからなぁ。ビザンツが断絶はあれど、周りは敵だらけ自領土は侵略の魅力たっぷりというあの立地で1000年を保ったのは城壁や強固な軍隊に加えてあの戦略がなきゃ無理。ぶっちゃけゴンドールの国家戦略ではリアル世界だったらモルドールいなくても200年くらいで滅亡待ったなしよね。まあビザンツみたいなゴンドールなんて見たかないけどさ。 -- 2019-09-17 (火) 20:52:42
      • べルシエル王妃の黒のヌーメノール人説が本当ならモルドール復活前、ウンバール領有期間前後の南方では結構色々やってそうではあるんですよね。ウンバールと東方領土の喪失後のゴンドールは占領地を維持する能力を失って完全になめられていて、思う所があってもハラドと東方の反モルドールは親モルドールの主流派に迎合するか少なくとも無視するかして確実な破滅は避けてる印象。ただゴンドールがハラドの宮廷工作に取り組んでる姿が想像できないのも確か -- 2019-09-21 (土) 14:47:51
      • うぉー、まさか偶然開いたらスッゴク納得できる意見。わかります。↑のゴンドール論書いた者ですが、ゴンドールって外交や情報を軽視しているとは思わないんです。アモン=ディンとかもきっちり整備してますし。ただ、なんというか...発想の飛躍ができないというか。致命的に外交のセンスがない。ローハンだって結局は結果論ですからね。「敵を潜在敵で叩き潰す」「敵の中に味方を作る」って悪く言えば悪辣さ、よく言えば謀略的なたくましさがない。まあそんなところも、「石の国」って感じですね。教授はそこまで意識してはいないでしょうけど...。 -- 2019-09-21 (土) 15:02:26
    • 青の魔法使いがある意味、敵を切り崩し味方を作る活動を担っていましたね。ゴンドールがそういう工作に熱心だったとは確かに思えないですね。 -- 2019-09-21 (土) 17:17:34
    • 東夷もハラドリムもモルドールに尻尾を振る勢力が幅を利かせてるだろうし、それに真っ向から対抗できるゴンドールクラスの大勢力が存在してるようには(少なくとも作者の記述からは)思えないんだよね。ビザンツには唐・宋やラージプート諸国がいたけど -- 2019-09-21 (土) 18:35:16
      • ビザンツが真に帝国だった時代の基本外交戦略は、既存の大勢力ではなく新興勢力や準一級の勢力を援助し、自らの敵国に当てるというものですからね。(結局は自らを滅ぼしたオスマントルコにもそのきらいはあります) それと比較すると、ゴンドールがその全盛期、金が余りまくっていた時代にその経済力を用いて金をばらまき、自らの隠れシンパを作っていたとは思えないんですよ。全盛期にハラドの王から人質を取っていましたがそれも撃破してからのものですからね。 -- 2019-09-21 (土) 22:36:14
    • サウロンの影響圏である以上下手に関わらない方がいい場合もあるでしょうね。一紀のウルファングの様な裏切りがあるかも知れませんし。中世のキリスト教国家はムスリムに対抗するため盛んにモンゴルに使節を送ったと言われていますから当時の時代でも有り得ない話でもないとは思うのですが... -- 2019-09-21 (土) 20:24:13
      • 現実の世界のプレスター・ジョンに絡めた設定、すごくありそうですよね。 -- 2019-09-22 (日) 04:27:47
      • しかしこの世界は東には救いはないんですよね。西には光があり、神々がいるのですが、東は災厄の訪れる方角であり、未開、疫病、堕落のモチーフを感じます。 -- 2019-09-22 (日) 09:32:59
      • 太陽は東から昇った。エルフは東からやってきた。。だけど東夷もやってきた。 -- 2019-09-22 (日) 10:24:27
      • 史実のヨーロッパも東で負け続けて、西に活路を見出だしたから・・・ -- 2019-09-22 (日) 17:36:11
  • そもそもそこら辺がモデルなんでしょ 教授はやめてって言ってるけどゴンドールを東ローマ帝国 モルドールをアナトリアのトルコ系帝国 ハラドリムはソレに従うアフリカやアラブ人と考えるとしっくり来るし -- 2019-09-23 (月) 00:57:49
    • モルドールは現実には存在しなかった、現実よりも強大な大悪の象徴であって映し鏡じゃない。それを言うならトルコ人もサラセン人もそれに追随した人間のモチーフであってモルドールそのものじゃない。 -- 2019-09-23 (月) 01:34:38
    • やめてって言ってるんだからよしましょう(笑) -- 2019-09-23 (月) 18:42:07
  • はっきり言って、歴史的立ち位置意外は大して似てないよね、ゴンドールと東ローマ。ビザンツ帝国は大半の時期を通じて専制君主制と中央集権を維持していたけど、辺境の諸侯国の存在を考える限りゴンドールの方はむしろ典型的な封建制国家だろう。属州総督とか刺史みたいな地方の行政を統括する長官職を置いてるような形跡が見当たらない。地方の統治は豪族に任せてるように見える。 -- undefined 2020-02-08 (土) 23:54:01
    • 王還りますまでは、なんてビザンツ人が聞いたら鼻で笑いそう -- undefined 2020-02-09 (日) 00:17:14
      • 皇帝の即位は市民(仮)からの賛同がないと成り立たないのでセーフ。 -- 2020-02-09 (日) 10:47:03
    • そーなんですよね。俺もビザンツ歴史好きなんでちょくちょく専門書籍買うんですけどビザンツってコンスタンティノープルと皇帝に(表面上は)絶対権力集中してますし、統治も完全に中央からの発信、派遣型行政ですし。いわばモルドール的(笑)? -- 2020-02-09 (日) 10:45:32
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