アラゴルン二世(にせい)

概要

カテゴリー人名
スペルAragorn II
その他の呼び名エステル、ソロンギル、馳夫長すね彦、翼のある足、ドゥナダンエレスサール、エンヴィンヤタール、テルコンタール、西方の王
種族人間ドゥーネダイン
性別
生没年第三紀2931年3月1日~第四紀120年3月1日(享年210)*1
アラソルン二世(父)、ギルライン(母)、エルロンド(養父)
兄弟なし
配偶者アルウェン第三紀3019年夏至)
エルダリオン(息子)、娘複数人

解説

北方の野伏の族長
第15代
アラソルン二世
2930~2933
第16代
アラゴルン二世
第三紀2951年~3019年5月1日(68年間)
王の帰還
再統一された王国の王に即位
亡国の民の王国の王再統一された王国の王
第15代アルセダイン
アルヴェドゥイ
1964~1974
初代
エレスサール・テルコンタール
第三紀3019年5月1日~第四紀120年3月1日(121年10ヶ月)
第2代
エルダリオン
120~
第33代ゴンドール
エアルヌア
2043~2050

北方の野伏の16代目族長。イシルドゥアの世継であり、亡国の民の王国上級王エレンディルの直系の子孫。鍛え直された剣アンドゥリルの使い手。

アラゴルンはガンダルフの友としてフロド・バギンズを助け、指輪の仲間の一人として一つの指輪を破壊するための旅に同行する。パルス・ガレンで指輪の仲間が離散した後は、サルマンと戦うローハンや、サウロンと戦うゴンドールを救援して同地の戦いに馳せ参じる。指輪戦争の大詰めには指輪所持者の任務を援護するためモルドールへの捨て身の陽動攻撃を主導した。

指輪所持者の任務が成功し、指輪王サウロンが没落すると、再統一された王国エレスサール王として王の帰還を為し遂げ、婚約者であったアルウェンと結婚。西方世界の盟主として、悪の傷を受けた中つ国の再建に従事した。

エステルとしての生い立ち

第三紀2931年に生まれ、その後2933年に父親のアラソルン二世を亡くす。そのため母親のギルラインと共に裂け谷に身を寄せ、エルロンドの養子として育てられた。アラゴルンは、敵の目から守るためその出生を秘密とされ、エステルシンダール語で「望み」の意)の名で呼ばれた。

アラゴルン二世はエレンディルの子孫の中でも、最もエレンディルその人に似ていると言われる。また、エレンディルの子イシルドゥアの長子エレンドゥアに生き写しであり、エレンドゥアを覚えているエルロンドたちは驚いたという。

やがて成人した2951年、アラゴルンはエルロンドより自らの出生の秘密を明かされ、折れたナルシルバラヒアの指輪を渡される。その直後アルウェンに出会ったアラゴルンは彼女をティヌーヴィエルと呼んで、恋に落ちる。
だがエルロンドは彼の目からそのことを読み取り、アラゴルンが試練を経て、しかるべき時が来るまでは、何人とも婚約することを禁じた。

ソロンギルの名での旅

そのため彼は諸国遍歴の旅に出る。
2956年にはガンダルフと出会って友人となり、しばしば彼の旅に同行した。やがてアラゴルンは素性を隠し、各地でサウロンの手先と戦うようになる。エルロンドの会議での彼の発言によると、星々の光さえこことは異なるリューンハラドの遠い国々*2にまで足を伸ばしたという。

2957年からは、ローハンの王センゲルセオデンの父)、またゴンドール執政エクセリオン二世デネソール二世の父)に仕える。その時アラゴルンはマントに銀の星を付けていたため、「星の鷲」の意であるソロンギルと呼ばれた。
ソロンギルは特にゴンドールにおいて功名を勝ち得た。わけても海賊の脅威を懸念した彼は、小艦隊を率いてウンバールを奇襲。わずかな被害と引き換えに敵の船の大半を燃やし、自らも波止場の戦いで港の大将を倒す大戦果を挙げた。これにより後の世のゴンドール南部沿岸地方の脅威は大幅に軽減された。
しかしソロンギルはこの勝利からゴンドールへ凱旋することはせず、そのままひとり姿を消した。当時のゴンドール人はこれを重大な損失と見なし、彼の競争相手すなわちデネソールが主君(執政)となる前に自ら去ったのだと考える者もいたが、真実はそうではなかった(一方のデネソールはソロンギルの正体に勘付いており、自らの地位を脅かす者として警戒していたという)。

ゴンドールを去ったアラゴルンはエフェル・ドゥーアスへ向かったようである。

その後、休息を取るため裂け谷に向かおうとしていて、2980年にロスローリエンの近くを通りかかったところ、ガラドリエルの導きでこの地に招き入れられる。そしてたまたま同じくロスローリエンにいたアルウェンに再会し、ケリン・アムロスで婚約の誓いを交わして、アルウェンにバラヒアの指輪を渡した。
だがその後エルロンドには、アルウェンの夫となるには、アルノールゴンドールを統べる王以上の人間にならなければならないと言い渡された。

こうしてかれは遂に現存する人間の中でもっとも艱難辛苦に耐えうる者となり、人間の技と学問に長けた者となった。しかもかれは人間以上であった。かれはエルフの智恵を持ち合わせ、その目に光る眼光が燃える時目を伏せずに耐えられる者はほとんどいないくらいだった。かれの顔は課せられた運命ゆえにきびしく悲しげであったが、その心の奥底には常に望みが宿り、そこから時折岩から泉が湧き出るように喜ばしい笑いが湧いてくるのであった。*3

野伏の馳夫

3001年、ホビット庄周辺に敵の間者が集まっていることに気づいたガンダルフは、アラゴルンに助力を求め、一つの指輪の存在を確認したいと胸の内を打ち明ける。そこでアラゴルンは野伏によるホビット庄の守りを倍加するとともに、ゴクリを捜索して指輪が発見された経緯を確認することを提案。2人は3009年より約8年間、断続的にゴクリの捜索を行った。
ガンダルフがゴクリ捜索を中断し、ゴンドールイシルドゥアが残した記録を調べている間も、アラゴルンは単身捜索を続け、ついに3017年、死者の沼地でゴクリを捕らえることに成功する。ゴクリを闇の森スランドゥイルの一党に引き渡した後は、庄境を守る任務に従事。

しかし大いなる年の3018年、ナズグールサルンの浅瀬を突破した時、アラゴルンはその場にいなかった。フロド・バギンズ指輪とともに裂け谷へ向かうことになったと報せを受けたアラゴルンは、東街道を監視しており、3018年9月29日、ブリー村でフロドたちに出会う。この時、フロドたちにはバーリマン・バタバーより馳夫の名で紹介された。

突然フロドは、壁に近い暗がりにすわっている、変わった様子の日焼けした男が、やはり熱心にホビットたちの話に聞き耳を立てているのに気がつきました。かれは背の高いふたつきの大ジョッキを前に置き、珍しい彫りものを施した柄の長いパイプをふかしていました。前に伸ばされた両脚には、かれによく似合うしなやかな皮の長いブーツを穿いていましたが、それはかなり穿き古したもので、その上泥がこびりついていました。旅に汚れた厚地の濃い緑のマントをぴったり身にまとい、これほど部屋が暖かいのに、顔が隠れるくらい目深に頭巾をかぶっていました。それでも、ホビットたちをじっと見守ってる時のかれの目の輝きを、フロドは見てとることができました。

フロドが近づくと、かれは頭巾を後ろにずらしましたので、半白のもしゃもしゃ頭が現われました。血の気のないきびしい顔には、二つの鋭い灰色の目がありました。*4

当初アラゴルンはホビット達(特にサム)に警戒されたが、ガンダルフがバタバーに預けていた「山の下氏」にあてた手紙には、馳夫ことアラゴルンのこと、また折れたる剣について触れたが書かれていた。実際にアラゴルンは折れた剣(折れたナルシル)を持っていたこともあって、ホビット達から信用を得た。
アラゴルンはナズグールをかわし、フロドたちを裂け谷まで導くべく尽力。途上風見が丘でフロドが魔王モルグルの刃で刺されると、アセラスを用いて治療を試みる。しかしモルグルの傷は彼の手にすらあまるものであり、エルロンドの治療に委ねるべく裂け谷へ急いだ。グロールフィンデルの助力を得た後は、ブルイネンの浅瀬で他のホビット達とともに火を用いてナズグールを奔流に追い落とすことに成功した。

アラソルンの息子アラゴルン

「おそれるな!」後ろで聞き慣れない声がいいました。フロドは振り向いて馳夫を見ました。しかしそれは馳夫であって馳夫ならぬ人でした。なぜなら風雨にいためつけられた野伏の姿はもはやそこにはなかったからです。艫にすわっているのは、アラソルンの息子アラゴルンでした。堂々と背筋を伸ばし、巧みに櫂を操りながら船を進めて行くかれは、頭巾を後ろにかなぐりすて、黒い髪を風になびかせ、双の目に光を宿していました。それは流謫の地から己が故国に帰ろうとする王者の姿でした。*5

エルロンドの会議で素性と望みを明らかにしたアラゴルンは、指輪の仲間の一員に選ばれ、指輪所持者の任務に従属することになる。折れたナルシルを鍛え直したアンドゥリルを身に帯びた彼は、ボロミアと共にゴンドールに凱旋しその地の戦いに臨む予定であった。
指輪の仲間は12月25日に裂け谷を出発し、アラゴルンはガンダルフを補佐して共に一行を導いた。当初、アラゴルンは赤角山道霧ふり山脈を越えることを提案したが、カラズラスの悪意に阻まれたため、不本意ながらモリアを潜り抜けるガンダルフの案に従った。しかし彼の悪い予感は的中し、ガンダルフはモリアでバルログと戦って奈落に落ちてしまう。

そのためアラゴルンは代わって統率者の役を引き受け、一行をロスローリエンに導く。同地を出立する時には、ガラドリエルより贈り物であるアンドゥリルの鞘と共に、アルウェンから託されていた緑の石を受け取った。
しかしガンダルフを失ったことで、アラゴルンは指輪所持者を助けて共にモルドールへ赴くべきか、宿願通りゴンドールへ凱旋すべきか、判断を迷うようになり、指輪の仲間もまた取るべき道を選択できずにいた。パルス・ガレンで仲間は離散したが、そこでフロドの運命は自らの手から離れたことを悟り、自身はレゴラスギムリと共に、オークの一団にさらわれたメリアドク・ブランディバックペレグリン・トゥックの救出に向かうことを決意した。

アラゴルンたちはローハンの平原を4日で45リーグ(約217km)も踏破するという驚くべき追跡を行い、その途中でエオメルに出会う。エオメルからハスフェルアロドを借り、メリアドクとペレグリンの追跡を続行し、ファンゴルンに入ったところで白の魔法使いとなったガンダルフと再会した。
メリアドクとペレグリンの無事を知らされたアラゴルンたちはガンダルフと共に、ローハンがサルマンの軍勢と戦うのを援助。こうして、ローハン軍がゴンドールの救出に向かえるようにする(角笛城の合戦)。その過程でアラゴルンはエオメルとの友情を深めた。

凱旋のドゥネダイン

オルサンクでのサルマンとの対峙後、アラゴルンは角笛城にて、オルサンクパランティーアを使用し、サウロンに自分の姿と鍛え直されたアンドゥリルを晒して挑戦。サウロンの目をフロドから逸らさせると同時に、パランティーアの力でゴンドール南部の沿岸地方にモルドールの同盟軍が迫っていることを知る。
そこでアラゴルンはエオメルやローハンの軍勢とは別れ、レゴラスギムリ、そして裂け谷より派遣されて新たに合流したエルラダンエルロヒア、それにハルバラドをはじめとする北方の野伏たち灰色の一行とともに、自分のために届けられた乗馬ロヘリンにまたがって、死者の道を経由してエレド・ニムライスの地下を南へ渡り、エレヒへと向かう。彼はエレヒにて、イシルドゥアの呪いによりこの地に縛られていた死者の軍勢を招集して、ペラルギア方面にいたサウロンの同盟軍を駆逐。海賊の艦隊を奪うと、辺境の諸侯国の軍勢を海賊船に乗せてアンドゥインをさかのぼり、アルウェンの旗印を掲げ、エレンディルミアを身につけてペレンノールへと到達。モルドールとその同盟軍に包囲されていたミナス・ティリスを救出した(ペレンノール野の合戦)。

またアラゴルンは療病院で、黒の息に冒されたファラミアエオウィンメリアドク・ブランディバックほか多数の人々を、アセラスと癒やしの力で救う。この時アラゴルンは、「王の手は癒しの手」という伝承との符合とともに、身につけていた緑の石のため、ゴンドール人から「エルフの石の殿」即ちエレスサールと呼ばれるようになった。

その後アラゴルンは、ガンダルフエオメルらと共に、ゴンドールローハンの軍勢(西軍)を率いて3月18日に黒門前まで進軍を開始。自分たちを囮にして、フロドのモルドール侵入を容易にしようという作戦であった。彼らは3月25日、黒門前でモルドール軍の包囲に対し、燃えかすの山の上に陣取って迎え撃った。その戦いのさなかに、フロドが滅びの罅裂一つの指輪を破壊することに成功。サウロンによる統制を失うとともにその敗北を目の当たりにしたモルドール軍とその同盟軍は総崩れとなり、西軍は大勝利を収めた(黒門の戦い)。

エレスサール王

勝利を収めた西軍コルマルレンの野に野営し、アラゴルンはグワイヒアらによって救出されたフロドサムを癒やす。それからミナス・ティリスへ凱旋し、イシルドゥアの世継である正当なゴンドールの王位後継者として、エアルヌアラス・ディネンに置いていったゴンドールの王冠を戴き、エレスサール王として5月1日に戴冠した。

さてアラゴルンが身を起こすと、かれを見ていた者は皆まじまじと目を瞠って、沈黙しました。なぜなら、かれは今はじめてその姿をかれらに現わしたように思えたからです。古の大海の王たちのように丈高く、かれはその近くにいるすべての者にぬきんでて立っていました。年は老齢と見えながら、壮年の盛り、額には知恵が宿り、手には力と癒しの霊力がこもり、その全身を光が包んでいました。*6

同年の夏至の日にはエレスサール王は、裂け谷からミナス・ティリスにやって来たアルウェンを迎え、婚礼を遂げた。人間の諸侯のみならず、裂け谷ロスローリエンの諸侯も参列する中、彼はエルロンドよりアンヌーミナスの王笏を受け取り、統一された北方王国南方王国の王として戴冠し、西方の王とも呼ばれるようになる。

エレスサール王は、なおも東方・南方にてサウロンの同盟軍の残党と戦わなければならなかったが、その下で西方諸国はかつてない繁栄と平和を得ることができた。ホビット庄は統一された王国の範疇であったが、そこをホビットの自由地とし、人間の立ち入りを禁じた。彼自身もそれを守り、サムワイズ・ギャムジーをはじめとした友人達と会うため、王と王妃らはブランディワイン橋のたもとまで行幸したが、庄内に立ち入ることはなかった。その代わり友人達は、再建されたアンヌーミナスの館へ招かれた。

エレスサール王は、エレンディル以来のもっとも偉大な王として、120年の間ゴンドールアルノール再統一された王国を統治する。またアルウェンとの間には、エルダリオンをはじめとする子を残した。
だが第四紀120年、自らの死期を悟ったエレスサール王は、エルダリオンや娘たち、そしてアルウェンに別れを告げると、ラス・ディネンに自分のために用意された棺台に身を横たえ、ドゥーネダインに残された「自らが望むときに生を返上する」という恩寵を受け、崩御した。エレスサール王の棺台の傍らには、先にゴンドールで死去し、ラス・ディネンに葬られていたメリアドク・ブランディバックペレグリン・トゥックの棺台が並び置かれたという。

するとその顔には大いなる美が顕われたので、後にここにやってきた者たちはすべて驚嘆してかれを眺めたのである。なぜならかれらはかれの青年期の優雅さと、壮年期の勇猛心と、老年期の叡智と威厳がことごとく一つにまじり合っているのを目のあたりに見たからである。そして長くかれはそこに横たわっていたが、それはこの世が破壊される以前の翳ることのない栄光の中にある人間の王たちの輝くような威容を偲ばせる姿であった。*7

多数の名前の意味

アラゴルン (Aragorn)
意味は正確には不明。北方の野伏の族長としての名。
「わたしはアラソルンの子、アラゴルンだ。そしてわたしは、命にかけてあなた方を助けることができる。助けて差し上げよう。」*8
エステル (Estel)
シンダール語で「望み(Hope)」の意。サウロンの手先から正体を隠すためにつけられた幼名。いまわの際、アルウェンにもこの名で呼ばれた。
わたしはドゥネダインに望みを与えた。わたしはわたし自身のためには望みを取って置かなかった。*9
ソロンギル (Thorongil)
シンダール語で「星の鷲(Eagle of the Star)」の意。ローハン及びゴンドールに仕えていたときの名。眼光が鋭く、マントに銀の星をつけていたため。
しかしかれの本当の名が何というのか、生国がどこであるのか、だれ一人知る者はなかった。*10
馳夫 (Strider)
ブリー郷での通り名。詳細は馳夫の項目を参照。
「わたしは馳夫であり、ドゥナダンでもある。そしてゴンドールと北の国の両方に属しているのだ。」*11
長すね彦 (Longshanks)
しだ家のビルが呼んだ名。馳夫の項目を参照。
「もっともおれはほかにももっといろいろそれほどけっこうでない名前も聞いてるがね。」*12
翼のある足 (Wingfoot)
ローハンで出会ったエオメルから呼ばれた名。4日で45リーグ(約217km)を踏破したことを讃えられたもの。
「馳夫とはあまりにも貧弱な名。」と、かれはいいました。「翼のある足と申し上げたい。」*13
ドゥナダン (Dúnadan)
シンダール語で「西方のアダン」の意。ドゥーネダインの単数形。裂け谷での呼び名。
「音に聞こえしドゥナダンだよ。」と、ビルボはいいました。「この人はここではよくそう呼ばれてるのだ。だが、せめてドゥン・アダンぐらいのエルフ語は、お前も知ってると思ったけどねえ。」*14
エレスサール (Elessar)
クウェンヤで「エルフの石(Elfstone)」の意。王として呼ばれることになると予言された名。彼が緑の石を身につけていたため、実際にゴンドール人からこの名で呼ばれるようになる。
「この時にあたり、そなたはそなたのために予言された名、すなわちエレンディル王家のエルフの石、エレスサールを名乗られるがよい!」*15
エンヴィンヤタール (Envinyatar)
クウェンヤで「中興王(Renewer)」の意。自ら王として名乗った名。
「そのとおり、古代の高貴な言葉でいえば、わたしの名は、エレスサールすなわちエルフの石であり、またエンヴィンヤタールすなわち中興王といいます。」*16
テルコンタール (Telcontar)
クウェンヤで「馳夫」の意。アラゴルンを祖とする再統一された王国の王家の名。
「しかしもし我が家系が創立されたなら、その王家の名称は馳夫としよう。これも古代語でいえば、響きはそう悪くはない。」*17
西方の王、西の国の王、西方地域の王、西方世界の王(King of the West)
再統一された王国の王としての呼び名。その版図が中つ国西方に広がっていたため。

画像

アラン・リー作画によるアラゴルンとエオウィン 寺島龍一作画による馳夫(アラゴルン)

映画『ロード・オブ・ザ・リング』における設定

俳優ヴィゴ・モーテンセン
日本語吹き替え大塚芳忠

キャスティングは当初スチュアート・タウンゼンドとして発表されていたが、撮影開始直後にヴィゴ・モーテンセンに変更された(詳細はスチュアート・タウンゼンドの項目を参照)。

最初は、自分の血に流れる力に若干の迷いがあるキャラクターとして描かれているが(かつて、指輪の誘惑に負けたイシルドゥアの血も引いているためなど)、ゴンドールを救って欲しいと頼んで事切れたボロミアの言葉や、馬鍬砦までアンドゥリルを持ってきたエルロンドの言葉などにより、覚悟と決意を新たにする形になっている。
アモン・ヘンでは、ひとりで旅立とうとする直前のフロド・バギンズに直接会い、一つの指輪の誘惑に勝てるのかフロドに尋ねられ、さらに指輪の誘惑の声も聞くが、その誘惑を振り切って直接フロドを送り出した。

彼は折れたナルシルを持ち歩いておらず、指輪の仲間として裂け谷を出発したときもアンドゥリルは持っていない。アンドゥリルは、彼が馬鍬砦にいるときにエルロンドが届けにやってくる。
また(原作ではアルウェンに与えているはずの)バラヒアの指輪を、終始自分が身に付けている。
一方で緑の石エレスサール)は身に帯びておらず、代わりにアルウェンから贈られた白い宝石を首にかける。

モーテンセンが「野伏は弓を持っていないと狩りが出来なくて飢え死にしてしまう」と指摘したため、原作では触れられていなかった弓矢も携行しており、モリアの戦闘で使っている。ロスローリエンではアンドゥリルの鞘の代わりに、ケレボルンよりエルフの短剣を受け取っており(受け取るシーンはエクステンデッド・エディションにのみ収録)、ラーツとの戦いや、黒門の戦いで使っている。またボロミアを葬る時、彼が使っていた手甲を形見として身につける。
乗馬のロヘリンは登場せず、代わりにブレゴのエピソードが追加されている。

画像

『ロード・オブ・ザ・リング』におけるアラゴルン二世 『ロード・オブ・ザ・リング』におけるアラゴルン二世 『ロード・オブ・ザ・リング』におけるアラゴルン二世 『ロード・オブ・ザ・リング』におけるアラゴルン二世

グッズ

ゲーム『ロード・オブ・ザ・リングス オンライン』における設定

最初は「馳夫」として躍る小馬亭におり、フロドがブリー村に辿り着くための援護をするよう依頼するクエストを与えてくる。
その後アラゴルンは裂け谷に移動。こちらで、アングマールに向かった野伏の消息を探る任務や、ナルシルを鍛え直すための部品を捜す任務を与えてくる。
さらにその後、ロスローリエンカラス・ガラゾンに移動したアラゴルンに会うことができる。ロスローリエンでは、アラゴルンとケリン・アムロスアルウェンとのエピソードについて触れたクエストがある。
その後はエドラス角笛城で再会、角笛城の合戦を共に戦うことになる。それから冒険者はアラゴルンの後を追って死者の道を抜け、ペラルギアで合流、ペラルギアの奪回に協力する。そしてペレンノール野の合戦では、ハルロンドより上陸するアラゴルンの手助けをすることができる。
黒門の戦い後は、戴冠式を見学することも可能。

『ロード・オブ・ザ・リングス オンライン』におけるアラゴルン(裂け谷で鍛え直されたアンドゥリルに名を付けた場面) 『ロード・オブ・ザ・リングス オンライン』におけるアラゴルン(ペラルギア奪取後、死者の軍勢を解放する場面) 『ロード・オブ・ザ・リングス オンライン』におけるアラゴルン(ペレンノール野の合戦直後)

コメント

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • アラゴルンが武者修行のために南方を遠くまで旅したという設定を危険すぎる、ありえないと主張する人たちって、敵国から攻撃を受け本格的な大戦争の機運が高まっている非常時に「夢に出てきたお告げを確かめに行く」と言って国の統治者である父の反対を押し切り、一人で国を離れて北方へ旅立った軍の総大将というキャラも「そんな設定ありえない」と思ってるんだろうな。 -- 2019-09-07 (土) 18:41:45
    • 「アラゴルンがそんな非効率なことするわけねーだろ」「ボロミアなら間違いなくやるだろ」方向性は違っても、指輪物語フリークによる二人への信頼は揺るぎません。 -- 2019-09-07 (土) 18:51:15
    • というかこうして半世紀以上、色んな考察や意見が百出していること自体、如何に指輪物語の世界が深く、また愛されているかの現れであるわけで。そんな中には当然自分と違う意見もあるだろう。納得できないことも、言い負かすことも言い負かされることもあるだろ。でもそうやって色んな意見が出ること自体を、楽しんだり喜んでみてはどうかな。みんな細かい意見は違っても、指輪物語を心から楽しみ、アラゴルンの運命と勇気に心踊らせたからこそ、色んなこと書いてるんだからさ。 -- 2019-09-07 (土) 18:56:56
      • これは批判してるんですって言い訳してただバカにしてるだけの奴もいるよ。エルフ叩きとか -- 2019-09-07 (土) 23:25:42
      • そういうのは相手しなきゃいい。文体見ればわかるしね。意見違えど話して楽しいやつか、相手すらする価値がないやつか。 -- 2019-09-08 (日) 11:54:07
      • その通りですね!大人なご意見に感動しました。 -- 2019-12-13 (金) 00:22:37
  • 南半球にドワーフが住んでいて、ハラド砂漠を超えてドワーフのキャラバン隊がウンバールまでやってきているとしたらどうだろう。キャラバン隊に用心棒として雇ってもらって隊列に便乗すれば、現地のサウロン派の人間に関わらずに長距離を移動できそう。 -- 2019-09-07 (土) 23:00:09
    • ハラド番兵「おいドワーフ、そのうすらデカイ薄汚い連れは何者だ!」ドワーフ隊商「へい、痩せすぎた山トロルでさぁ」ハラド番兵「よし、通れ!」 -- 2019-09-08 (日) 00:10:45
  • 東夷というか馬車族がハラドに勢力を伸ばした歴史もあるし、東夷に比べてハラドはある程度国家として成立してるみたいだから脅威度は高い。ハラド国内が固まっているか、争乱の兆しがあるかで最終的な侵攻時にどのくらいハラドリムの増援が来るかも読める -- 2019-09-10 (火) 21:50:52
    • (承前)大戦争の機運が高まってるならそれこそ敵の強力な一翼を担うであろうハラドリムについて一つでも多くの情報がほしいのは当然。敵情偵察という点で、足を伸ばす必要性は十分以上にあると思う。 -- 2019-09-10 (火) 21:53:14
    • 南方人の獰猛な精兵が強力であることはその通りだと思いますが、ぶっちゃけた話、ナズグルの指揮でオーク兵を前出しするだけで勝てる頭数をサウロンは自前で用意出来るはず。近ハラドやハンドの人間が参戦しなくても勝利は余裕のはずだし、いわんや遠ハラドや南半球ハラド人など勝敗を左右する影響力は皆無だと思います。 -- 2019-09-11 (水) 03:46:01
      • ちょっと説明不足でした。遠くの地域ほど派遣出来る兵数は少ないという前提での想像です。南半球から来る敵の数や質が北半球のそれに匹敵する可能性があると言われるなら否定は出来ません。 -- 2019-09-11 (水) 06:20:45
    • ハラドの北半球の内陸地域が月面や火星の表面のような水や動植物が一切存在しない死の荒野な反面、南半球は豊かな穀倉地帯や森林が広がる穏やかな気候の住み易い地域で北半球の数十倍の人口が養えているなら、南半球がサウロンの軍勢や物資の供給地というのもなるほど納得ですが、情報が不足していて何とも言い難いですね。 -- 2019-09-11 (水) 07:22:34
      • 別にハラド北半球部が死の荒野である必要はないのでは。ハラド南半球部が北半球部と同等程度の国力を持っていれば、南北の連携が取れている場合ハラドは北半球部全体を動員できる一方、何らかの理由で南に備える必要があるなら動員可能兵力の半分以下となることもありえるわけです。 -- 2019-09-11 (水) 15:08:54
  • 追補編 第三紀の年表 2957-80 Aragorn undertakes his great journeys and errantries. As Thorongil he serves in disguise both Thengel of Rohan and Ecthelion II of Gondor. -- 2019-09-12 (木) 01:19:20
    • その草稿(Peoples) 2956 Aragorn meets Gandalf, and their great friendship begins. Aragorn undertakes great journeys, even far into the East and deep into the South, exploring the purposes of Sauron and all his movements. As an unknown warrior he fights in the service of Gondor and of Rohan. -- 2019-09-12 (木) 01:19:49
    • 終わらざりし物語での南半球云々のトールキンの説明 The 'strange stars' apply strictly only to the Harad, and must mean that Aragorn travelled or voyaged some distance into the southern hemisphere. -- 2019-09-12 (木) 01:20:18
      • 東京都では見えない南十字星が沖縄県では見えるらしいけど、沖縄は南半球なんですかね? -- 2019-09-12 (木) 02:59:32
      • 裂け谷から南に50°ていど移動した北緯1°の地点も far coutry of Harad where the stars are strange と言っても差し支えないはずでは -- 2019-10-10 (木) 19:31:08
  • ハラドの南半球⇒裂け谷と星々の光が異なる は必ず成立する。 裂け谷と星々の光が異なる⇒ハラドの南半球 は必ずしも成立しない。 と私は考えるのですが、そうじゃないよという方は是非どう間違っているか教えていただけると嬉しいです。   -- 2019-09-14 (土) 06:26:44
    • strange starsを避け谷の緯度では観測できない星々という意味ではなく、Southern celestial hemisphere(南天、天球の南半分)に属する星々と解釈して、南天の星々が自身の頭上にまで登る土地、とすれば southern hemisphere(南半球)でも間違いではない。しかし、これはこれで非常に問題がある理屈になるし、物語中の会議の参加者にも現実の読者にも難解すぎる。 -- 2019-09-26 (木) 14:19:38
  • ここの「アラゴルンはどこまで旅したか」論争は侃々諤々なむきもあるが、学識や考察や文章力が深いまたは楽しい書き込みが多いからいいね。中つ国の地理をすぐにリアル地名に当てはめる、しかもバカの一つ覚えみたいに「オスマントルコ」か「ローマ帝国ないしは東西ローマ」しか言えないような考察とは大違い。 -- 2019-10-10 (木) 22:00:34
  • strange stars に関してですが、どうもこれ、大圏コース(great circle route)の話ではないかと。 イギリス(北緯52度、東経0度)からアリューシャン列島(北緯52度、東経180度)に旅した場合、UTの説明ではおそらく星々の光は異ならないわけですが、一方で、大圏コースでは北極を通過して76度(38度+38度)移動しているとみなせるので、星々が(より正確には天球が)南北方向に76度傾いているという事ができるはずです。つまり、方角に関係なく距離が離れれば離れるほど星々の光の異なり方が大きくなると言えるはずであり、その関係性は正比例であり、極めてシンプルです。 そして、束教授は東に行っても星々の光が異なるとアラゴルンに発言させていて訂正していない以上、UTの説明よりこの大圏コース説の方が、信ぴょう性はあるかと思います。 -- 2019-10-18 (金) 23:37:23
  • 「わたしがなぜあそこまで旅を重ねたのかはわたしにもわからぬ。もちろん、その大半はやむにやまれぬ旅程であり、向かうべき理由と急ぐべき目的があった。だが、わたしをあの旅に駆り立てたのが悲愴な使命感だけだったとは思わない。おそらく、わたしは見たかったのだ。ヴァラが打ち立てられたこの中つ国の、父祖たちが踏み締め船を乗り寄せた国々を、この肌で感じ、この目で見たかったのかもしれぬ。大半はただ苦しく、孤独で危険と憎悪に包まれた旅だった。決して明かせぬ危機や所行に身を投じたことも数えきれぬ。だがそれでも、旅を通じて残ったもの、得た喜びはあるのだ。ビルボのようにね」 -- 2019-12-14 (土) 10:37:21
    • 風土病とか恐くないんですかね。 -- 2019-12-16 (月) 22:09:05
      • 馳夫「なぁに、かえって免疫力がつく」 -- 2019-12-30 (月) 19:56:56
  • 再統一された王国は具体的に何と呼ばれてたんだろ 大ゴンドール?なんとかドゥーネダイン? -- 2019-12-30 (月) 20:41:16
  • オーシャン・オブ・ファイヤーって流浪時代のアラゴルンがハラドで体験した話だよね -- undefined 2019-12-30 (月) 22:25:52
お名前:

添付ファイル: filevlcsnap-00018.jpg 1594件 [詳細] filevlcsnap-00085.jpg 1419件 [詳細] filevlcsnap-00028.jpg 1131件 [詳細] filevlcsnap-00016.jpg 1479件 [詳細] fileScreenShot00564.jpg 1296件 [詳細] fileScreenShot00004.jpg 2349件 [詳細] filehaseobyterashima.jpg 5945件 [詳細] fileAlanLee-37-EowynAndAragorn.jpg 7421件 [詳細]
Last-modified: