ロンド・ダイア

概要

カテゴリー地名
スペルLond Daer
その他の呼び名ヴィンヤロンデ(Vinyalondë)、ロンド・ダイア・エネズ(Lond Daer Enedh)、大いなる港(Great Haven)

解説

シンダール語で「大港(Great Haven)」の意。エリアドールグワスロ河口にあった、ヌーメノールの港および造船所。建設当時はクウェンヤで「新港(New Haven)」の意であるヴィンヤロンデと呼ばれた。

タル=アルダリオンによって設置される。当初は、ミンヒリアスエネドワイスに広がる大森林から木材を伐採するための小さな港だった。
第二紀1700年から1701年にかけての、エリアドールからサウロンを放逐した戦いにおいて、タル=ミナスティアが派遣したヌーメノール大艦隊の提督キアヤトゥアは、分遣艦隊をヴィンヤロンデに上陸させ、サルバドにて援軍と合流したサウロンをさんざんに打ち破った。それ以来、ヴィンヤロンデは戦略上重要な地点と認識されるようになり、大規模な要塞化がなされてロンド・ダイア、あるいはリンドンペラルギアの中間地点にあることから「大中央港(Great Middle Haven)」の意であるロンド・ダイア・エネズと呼ばれるようになった。
ヌーメノール人はここを拠点にして大森林を徹底的に伐採し、ヌーメノールと、原住民である褐色人の祖先(かれらはやがて、サウロンに与するようになった)との間の軋轢によって、一帯はますます荒廃した。

第二紀末から第三紀初頭には、すでにロンド・ダイアの大要塞港は打ち捨てられて廃墟となっていたという。だが亡国の民の王国アルノールゴンドール)を結ぶ主要な交通路にあたるため、長年の労働を費やして港に船をつけられるように修繕されていた。両王国が健在であった頃は、海路でロンド・ダイアに到り、そこからグワスロを遡ってサルバドの港へ行き、そこから街道を行くのが最速のルートだった。

コメント

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  • 位置的に見て、北方王国と南方王国を水運で結ぶ場合には要所となりそう。第四紀にはきっと再整備されて栄えたに違いない。 -- カイト
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Last-modified: 2014-08-29 (金) 20:25:47 (1271d)