モリア

概要

カテゴリー地名
スペルMoria
その他の呼び名カザド=ドゥーム*1、ドワロウデルフ、ハゾドロンド

解説

シンダール語で「黒き坑」の意。霧ふり山脈にあるドワーフの地下都市。元来は、カザド=ドゥーム、ドワロウデルフ、ハゾドロンドと呼ばれていた(後述)。
非常に巨大かつ複雑な構造で、かつてここに住んでいたドワーフですら全容を把握していたわけではなく、ドワーフが掘ったモリアのトンネルのさらに奥、地の底には名前を持たぬ者たちが徘徊しているという。
出入り口は、エレギオン(柊郷)側に1つ、ナンドゥヒリオン(アザヌルビザール)側に1つある。

カザド=ドゥームとしての繁栄

太陽の第一紀以前、不死のドゥリンケレド=ザラムの湖をのぞき込んだとき、自分が王位に就く幻影を水面に見たという、それがきっかけになってカザド=ドゥームが作られた。怒りの戦いによってベレリアンドが崩壊すると、ノグロドベレグオストのドワーフの生き残りの多くは、カザド=ドゥームに移住した。
カザド=ドゥームは特に第二紀以降、エレギオンなどとの交易により栄えた。何よりミスリルがここで発掘されるのがモリアの繁栄の礎だった。そのためカザド=ドゥームの名は、ドワーフ以外の者にも広く知られていた。

モリアの名で呼ばれる

サウロンがエレギオンを攻撃し、第二紀1697年にエレギオンが滅亡すると、ドワーフ達はカザド=ドゥームの扉を閉ざして閉じこもる。以後この地はモリアの名で呼ばれるようになった。ドワーフは、こうして外からのサウロンの攻撃を退けることに成功する。最後の同盟の戦いでは、モリアのドワーフはサウロンを敵として戦った。第三紀に入っても、ドワーフはモリアで暮らし続けていた。

ドゥリンの禍

だがドワーフはミスリルを求めて、モリアの地を深く掘り進みすぎてしまう。そのため第三紀1980年、地下に潜んでいたバルログを呼び起こしてしまった。モリアの王であったドゥリン六世とその息子のナイン一世はバルログに殺され(ためにモリアのバルログは「ドゥリンの禍(Durin's Bane)」と呼ばれるようになる)、生き残ったドワーフも、モリアを逃れて各地に四散した。かくてカザド=ドゥームは滅びた。

カザド=ドゥーム奪回の試みと失敗

以後モリアは、サウロンが送り込んだオークが徘徊する廃墟と化した。だが、2799年のナンドゥヒリオンの合戦と2941年の五軍の合戦により、モリアのオークはほとんどが死ぬか逃げ去った(と思われた)。
そのため第三紀2989年、はなれ山からバーリンの一党が、カザド=ドゥームを再興しようとこの地にやってくる。だが、実際にはこの地にまだ残っていたオーク達と「ドゥリンの禍」ことバルログによって、バーリンの一党は2994年に全滅した。だが彼らの運命は、その後長いこと知られることはなかった。

指輪の仲間のモリア通過

指輪の仲間は第三紀3019年霧ふり山脈を西から東へと通過するためにモリアを通った。指輪の仲間はマザルブルの間を発見し、そこに残されていたマザルブルの書からバーリンたちの運命を知る。その後、ガンダルフドゥリンの橋の上でバルログと戦って共に奈落へと落ちた。残った指輪の仲間はドゥリンの橋を渡り、モリア東のおぼろ谷口から外へと脱出した。
ガンダルフはバルログと共にドゥリンの橋を落ちた後、モリアの地の底にあるいやはての石の土台(the uttermost foundations of stone)に達した。ガンダルフはバルログと戦いながらドワーフの作った通路に戻って無限階段を上り、ジラクジギルの頂へと出た。

ドワーフによるモリアの奪回

ナンドゥヒリオンの合戦の時、ダイン二世は「ドゥリンの一族がふたたびモリアを歩くまでには、世の中が変わり、われわれ以外の別の力で出現しなければならないのです」と予言している。
The Peoples of Middle-Earthには、ドゥリン七世がモリアを奪回するエピソードについてのメモがあるが、この案が廃棄されたのか、単に忘れられ手をつけられていなかったかは定かではない。

名前の表記について

カザド=ドゥーム(Khazad-dûm)
クズドゥルで「ドワーフの館」の意。『指輪物語』での訳はカザド=ドゥム。
ドワロウデルフ(Dwarrowdelf)
カザド=ドゥームの西方語訳である「フルナルギアン(Phurunargian)」を英語風にトールキンが「翻訳」したもの。
ハゾドロンド(Hadhodrond)
カザド=ドゥームのシンダール語表記。モリアと呼ばれる以前はエルフはこう呼んでいた。

モリアの構造

以下は、原作に記されているモリアの構造の描写についてまとめたものである。

モリアの壁
エレギオンからモリアに至る道の終わりにある、モリアの西側入り口。入り口を入ると、200段ある階段がある。階段の上は、床が平らで天井がアーチ状になった廊下が先へと続いている。
番人の詰所(guardroom)
この部屋の南側にある廊下を見張るための番人の詰所。指輪の仲間はここで休憩した。詰め所の中には井戸があり、ピピンが石を落としている。詰め所の南側にある廊下は、東側が3つに分かれている(左側は急な下り、右側は登り、中央はほぼ平坦だが狭い)。ガンダルフは迷った末右側の道を選んだ。その廊下は曲がりくねりながら登りが続き、やがて第二十一広間の西側入り口に達した。
第二十一広間(Twenty-first Hall)
第七層(モリア大門の六層上)にある大きな広間で、石から切り出した沢山の巨大な柱で天井が支えられている。壁はガラスのように黒く磨かれていると描写されている。第二十一広間の東西南北には、それぞれ別の場所へと通じる通路がある。上部には、外の光を招き入れるための採光筒がある。指輪の仲間はここで休憩した。
マザルブルの間
第二十一広間の北側アーチ門を出てすぐ、通路の東に入り口がある部屋。マザルブルの間の中にはさらに東にも門があり、第二広間の方へと向かう長い下り階段がある。指輪の仲間はこの部屋でマザルブルの書を発見。その後オークなどと戦った後、東へ抜けて第二広間へ向かった。
第二広間(Second Hall)
第一深層(モリア大門の一層下)にある広間。第二一広間よりも天井が高くて奥行きがあり、大樹の幹に似せて掘られた柱によって、天井が支えられている。指輪の仲間がモリアを通過したとき、第二広間の東西の中間には、オークによって炎の放たれた割れ目が作られていた。だが指輪の仲間はその東側に出てそのままさらに東のドゥリンの橋へと向かったため、炎の割れ目は通過していない。東側には、第一広間へ続くドゥリンの橋がある。
第一広間(First Hall)
モリアの東門(おぼろ谷口)がある広間。西には広い道があり、幅広の階段を下ると、第二広間へと続くドゥリンの橋がある。
ドゥリンの橋
第一広間と第二広間の間の亀裂にある橋。亀裂は非常に深く、誰もその深さを測ったことはない。亀裂の下には深い水がある、いやはての石の土台(the uttermost foundations of stone)がある。石の土台はドワーフたちの掘ったトンネルよりもさらに深い場所にあり、サウロンよりも年古古くサウロンすらその存在を知らない、名前を持たぬ者たち(nameless things)によって掘られたトンネルがある。そのトンネルは、ドワーフの掘った秘密のトンネルに通じている。
無限階段
ドワーフによって作られた、石の土台の近くにある最下層の土牢から、ドゥリンの塔へと続く螺旋階段。

マザルブルの書には、オインが第三深層の上部武器庫(upper armouries)を捜し、柊郷の門へ行ったという描写もある。

影響

モリアは、多数のファンタジー作品の「地下迷宮」のイメージに多大な影響を与えることになった。
その名もMoriaという、ローグライクゲームも存在する。

ゲーム『ロード・オブ・ザ・リングス オンライン』における設定

バーリン一党は全滅しているが、指輪の仲間が通過したあとであるため、ドゥリンの禍も滅びている。そのためモリアを奪回しようと、再びドワーフが入植を試みており、モリア内部には第二十一広間を中心として、各所にドワーフの拠点が点在している。
モリア内部の構造は原作にきわめて忠実に再現されているほか、ジラグジギルから光を取り込むために作られた鏡の間(Hall of Mirrors)、水車のある給水場(Woterworks)*2赤角鉱床(Redhone Lodes)銀枝鉱床(Silvertine Lodes)、敵に占拠されている第十六広間(Sixteen Hall)やカザド=ドゥームの鉱炉(Forges of Khazad-dûm)など、多数のオリジナルの施設が存在する。

コメント

最新の6件を表示しています。 コメントページを参照

  • 第四紀になら、ドワーフたちは奪回できたのではなかろうか? オークどもを追い払えれば、都とまでは復興できなくても、一大観光名所にはできそう(少なくともドワーフ族にとっては)。エレボールとアグラロンドから定期的にツアーが企画されたりして。それより、うまくいけば、ミスリル鉱山すら再開できたかもしれない。 -- カイト
    • ナンドゥヒリオンの戦いの後にダイン二世が「ドゥリンの一族がふたたびモリアを歩くまでには、世の中が変わり、われわれ以外の別の力で出現しなければならないのです」と予言していますし。
      • 「世の中が変わり、われわれ以外の別の力で出現しなければならないのです」という言葉を、漠然と第四紀の到来のことだと考えていたので、上のような意見を持ったのですが。でも、考えてみれば、もっともっと時代が経たないとならなかったのかもしれません。ただ、第四紀に突入した時点で、「ドゥリンの禍」は除かれていたわけですから、監視者(と瓦礫)か橋(のかかっていた深淵)のどちらかを何とかできれば長鬚族の帰還の条件は整っていたのではないでしょうか。 -- カイト
    • 第四紀のモリアですが、追補編の問題の「ドゥリン7世」の説明として、HoMEによるとドワーフがモリアに帰還するというメモが残されていたようですね。ただし栗教授によると、この話は「未完」なのか「廃案」になったのか定かでないそうです。
      バルログが制限のないマイアの力を残しており、ガンダルフがマイアの力を使いすぎない禁を破らないと倒せなかったとすると、他の存在では(エルロンドやキアダンでも駄目で、多分ギル=ガラド級でないと)完全に太刀打ちできなそうです。ただしICE設定には、弱ったバルログの一体を軍勢と協力して倒したドワーフ「石の手バリ」がいますね。
  • 中つ国で最も偉大な建造物で、最盛期には何万ものドワーフが居て、戦士団も相当なものだったろうに、なぜバルログ1体が倒せなかったのだろう。不意打ちとはいえ・・・最初はホラー小説「城塞(キープ)」にでてくる吸血鬼のように、身を隠してジワジワと襲っていたのだろうか? -- ボリーの用心棒
    • バルログは強すぎたんでしょう。ガンダルフが「お前達では話にならん」とか仲間に言っていましたし。
  • ここのオークたちもゴクリを無視するようサウロンから指示されていたのだろうか?
  • 予想ですが、バルログはマイアなので二本の樹の光を見て魂の輝きの増したカラクウェンディでなければ倒せないのではないでしょうか?
    • それだと、サウロンやサルマンの死に方が矛盾してしまうのではないでしょうか? -- シブ
      • サルマンは「人間の老人の体」をグリマに刺されて破壊された後、抜け出た霊魂を風によって吹き散らされてますし、サウロンは自分自身の魔力の大部分を吹き込んだ指輪を体から切り離されて体が維持できなくなっただけで殺されたわけではありませんし。
      • サウロンの場合己の力の大部分を注ぎ込んだ指輪を滅びの亀裂で失ったから、ある意味殺されたようなものではないでしょうか。
      • そもそもアイヌアに死があるのかどうか。サウロンもサルマンも他多くのマイアールも、アルダから追放されたに過ぎないのでは。
      • で、ダゴール・ダゴラスの時に戻ってくる。モルゴスと共に。 -- ホビット 2008-12-07 (日) 16:08:10
  • モリアに入るときアラゴルンがガンダルフに注意するよう進言していますが、何を根拠にしていたんでしょう?
    • アラゴルンの予見の力が働いたのでしょう -- 2009-08-27 (木) 18:00:27
  • 太鼓を叩いていたのは誰だったのだろうか? -- ホビット 2009-01-18 (日) 16:16:28
    • やっぱりトロルだと思うが。 -- 2009-01-18 (日) 16:46:28
    • 明らかにバルログの状態と呼応しているように思えるので、本当にただの太鼓だったのかどうかも怪しいように思えます。 -- 2009-10-07 (水) 14:38:59
お名前:

*1 指輪物語』での訳はカザド=ドゥム、旧版ではカザド=デュム
*2 ピピンが石を投げ込んで水音がしたという、番人の詰所の井戸の真下にあたる

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Last-modified: 2009-10-07 (水) 10:13:04 (125d)