ダゴルラド

概要

カテゴリー地名
スペルDagorlad
その他の呼び名戦場が原(Battle Plain)

解説

シンダール語で「戦いの平原、合戦場(Battle Plain)」の意。共通語では戦場が原と呼ばれる。エミン・ムイルの東、モルドールの北に広がる荒野。
第二紀3434年、霧ふり山脈を越えてきた最後の同盟の軍勢と、それを迎え撃ったサウロンの軍勢との間で緒戦が開かれた場所であり、それ以来この名で呼ばれるようになった。戦いは熾烈を極めて多数の戦死者を出し、かれらを葬った墓場は後に沼地に呑み込まれて死者の沼地と化した。
また第三紀1899年には、ゴンドールカリメフタール王が東夷馬車族)の軍勢をこの地で打ち破った。

コメント

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  • サウロンもわざわざダゴルラドに打って出なくても・・・もし、黒門辺りで万全の状態で迎え撃てば、最後の同盟の攻勢を防げたかもね。 -- 2011-11-30 (水) 20:19:41
    • 連合軍が合流する前に撃破しようと誘い出された、とか…… -- 2011-12-01 (木) 01:06:16
  • ということはフロドとサムとゴラムはレゴラスのじいさんの亡くなった土地を歩いていたわけか。 -- 2015-11-22 (日) 23:59:00
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Last-modified: 2017-12-14 (木) 07:56:00 (217d)